第5章 頑張って我慢して?
………とは、言ったものの。
そう簡単に終わるようなものなら始めっから集中力欠いたりしない。
終わらないからこそ余計なこと考えるんだから。
「んーっ」
椅子を軋ませ両手を上げて伸びをして。
その隙に手から落ちた鉛筆。
「あ……」
拾おうと、した瞬間。
鉛筆はあたしの指をすり抜けた。
「………っ」
嘘。
嘘でしょ。
指先が、透けてる……。
この前の時、と一緒だ。
嘘。
なんで。
なんで今なの?
薫とせっかく………っ
「………」
せっかく薫とデートなのに。
嫌。
やだ。
「真白」
「薫」
窓の向こうから、薫の声。
薫がベランダでタバコ、吸ってるんだ。
ベランダとこの部屋の窓は何の隔たりもないし、隣接してるからベランダからなら十分声が聞こえる。
「…………」
ガラリと窓を開けて。
小さなベランダへと、足を向けた。
「珍しいね、ベランダ出るの。」
うちのベランダと薫のベランダは微妙に対角になってなくて。
話す時はいつもベッドの窓から、話したりしてた。
でも、今日は。
「薫、キスしたい」
「え」
「していい?」
「こーら、終わったの?」
「今、したいんだもん。」
ベランダからなら、身を乗り出せば手くらい繋げた。
大人になった今ならきっと、キスだってできるはず。
「………どーしたの?」
「勉強、できるおまじない……」
「好きな、それ」
「……だめ?」
「いいよ」
優しい優しい、薫。
騙してる。
他の男に抱かれてる、のに。
今だってやっぱりそれしか方法ないのかな、なんて。
でもせめてキスだけは、なんて都合のいいこと、考えてる。
ベランダの端っこから、身を乗り出して。
薫の掌が、頬に触れた。
「………」
足の感覚、なくなってきた。
このままベランダからも、落ちちゃうのかな。
手すりに置く掌も、どんどん透けてきてる。
「タバコくさいかも」
「平気だよ!」
「どーしたの?ずいぶん積極的」
「したくなったんだもん。キスしてくれれば、頑張れるよ」
「……いいよ。目、閉じて真白」
「………」
薫の柔らかい唇が、触れた瞬間。
両足でなんとか踏ん張っていた足の感覚が、プツリと消えて。
掌全体が、透けだした。