第8章 約束
「ふざけるな!!」
「お父さん、待って止めて!」
「━━━━━ッッ」
『産みたい』
ただそれだけ。
一言だけいうと、お父さんの重い平手が飛んできて。
ソファーへとよろけた。
まだくってかかろうとするお父さんを、ママが必死にすがり付いて止めた。
「……いいよ、ママ。殴られて当然だから」
「真白!!いい加減にしなさい!薫くんがいなくなって、その子にすがってるだけよね?冷静になってもっとちゃんと考えよう?」
「ごめんなさい、たぶん薫の子供じゃない」
「な………っ!!」
殴られたっていい。
悪いこと、したんだあたし。
まわりから見たら軽はずみな妊娠。
いい加減な妊娠。
だって。
責任取れないんだから。
ふたりが怒るの、当たり前なんだ。
だけど。
「産みたい、です」
殺しちゃ駄目な気がする。
大事な命だって、思えるの。
どんなにいい加減だって、無責任だって。
大事なの。
子供を守るのは、親の役目でしょう?
大事なんだよ。
もう。
命なんだもん。
あたしの、赤ちゃんなんだ。
それから。
月日がたつごとに『つわり』は酷くなる一方で。
毎日毎日、点滴に通い続けた。
病院までの道のり。
満員電車。
雨の匂い。
どれもが敵みたいに襲いかかってきて。
途中何度も何度も吐いた。
貧血でくらくらしても。
あたし、頑張ったよ。
絶対産みたいから。
誰かは思い出せないけど、大事な人だったように思う。
すごく大事な人だったんだって、わかる。
だから。
だから。
頑張る。
その日も。
病院に向かう予定で家を出た。
「送るから、乗りなさい」
家を出たところでお父さんが、車を止めて。
家からはママが出てきた。
「必ず、高校は卒業しなさい」
そう、条件付きで。
ふたりはしぶしぶ産むことを認めてくれた。