第10章 約束
少しだけうとうとしていたのだろう。
気づけば、柄違いの襖の間から見える景色は、夕暮れから星が瞬く夜空に変わっていた。
政宗が用意してくれた夕げは、出汁がしっかりきいた野菜と魚のお粥。柚子の香りがして、さっぱりとしていた。
少しずつ沢山の種類の食べ物を。と話していた天の邪鬼な典医の顔が浮かぶ。
『今日はいつもより召し上がりましたね。』
食器を片付けながら咲が嬉しそうに言った。
「そうだね。今日は吐き気とかも少なかったかな。」
『悪阻も、大分落ち着いてきたのかもしれませんね。』
「治まってきたら、食べれるようになるかな?」
『勿論。政宗様の作られるものを沢山召し上がってください!』
「でも、太っちゃうのも良くないでしょ。」
『様は痩せすぎです! もう少しふくよかになっても困りません!』
「え、そうかなぁ。お腹とか腕とかぷよぷよだよ?」
私がそういいながら、お腹や腕を擦っていると、座り直した咲が、穏やかな顔つきで私に向きあった。
『…様。私ともお約束をしてくださいませんか?』
「え?」
『これから、御産までご無理をしないこと。ご自身のお体を第一にお考えください。
何かをされるときは必ず私をお呼びください。どんなことでもお伴致します。』
「あ、うん。わかった。」
『それと… 産着の生地選びは広間に反物屋を呼びます。信長様と選ばれるのでしょう?』
「え、いいの?」
『様は、お決めになった事は突き通す方ですから。全てではなくても仕立てられるのでしょうし。
私から秀吉様に話しておきます。』
「ありがとう、咲。信長様も産着の仕立ては賛成してくれてたんだ。」
『やはり、そうでしたか。
様のお国の御産や子育てを教えて下さい。
こちらの常とは多々違うようですが、出来る限りお考えの物と合わせるようやってみます。
私は、どんなことがあっても様の味方です。』
「咲…」
『ではお約束を。』
すっ、と目の前に伸びた咲の小指が見えた。
「えっ?」
『お約束は、こうするのでしたでしょう?』
「本当に、お母さんみたい。」