第10章 約束
『首を絞められた時間は短かったし、意識を飛ばしたりはしなかったみたいだけど…。それが腹の子にどこまで影響してるかは、ごめん。わからない。』
「うん。」
『今は出血はしてないみたいだけど、腹は痛くない?』
「大丈夫。…あか、…ややこが無事に育ってるってわかる事はできる?」
『胎動を感じたら無事に育ってるってわかるかな。』
「いつくらい?」
『身籠られてから三月は経ちます。早ければ、そろそろかと。』
『そうだね。なんか感じたら言って。
首の手の痕は、早く消えるように軟膏塗っとく。』
「うん。ありがとう。」
家康は、優しく首元を触って軟膏を塗ると、柔らかいきれいな布を巻いてくれた。一瞬目があって、私が優しく微笑むと、ふわっと薬草の匂いが体を纏った。
家康に抱き締められたんだと、一呼吸おいてわかった。
『泣かないんだね。』
「え?」
『愛した人に殺されそうになったのに。』
「でも、…でも、それは毒のせいだから。」
『泣いていいんだよ。怖かったでしょ?』
「うん。…怖かったかな。」
『俺の肩じゃ役不足?』
「そうじゃないよ。安心する。
でも、泣くわけにはいかない。」
『なんで?』
家康が私の抱き締める力を弱めて、覗き込むように視線を合わせた。
「信長様が苦しんでる。それなら、私も一緒に戦わなきゃ。苦しみも喜びも、悲しみも幸せも全部一緒に感じるって約束したの。泣いたら、今までの決意とか全部崩れちゃいそうだから。うまく言えないけど…わかって?」
『ふぅん。強がり…』
「え?」
家康は、ポンと私の頭に手を当てると立ち上がった。
『…なんでもない。隣の部屋見てくる。あんたは、もう少し寝てて。あとでまた来るから。』
家康の少し寂しそうな顔から、目が離せなかった。
「…っ、家康。」
『なに?』
「約束するから、約束してくれる?」
『は?』
「私は、信長を支えて元気な子を産む。だから、家康は、信長様を元に戻して私の出産を助けてくれる?」
家康は一瞬目を丸くした後、私の方へ近寄って立て膝をついた。目の前には家康の小指が見えた。
「え?」
『約束。あんたの時代は、こうするんでしょ?』
そうして、私と家康は指切りをした。
夕暮れの紅い光が不揃いの襖を照して、約束が必ず叶うような、そんな気がした。