第8章 福を呼ぶのか、闇を呼ぶのか
ようやく寝付いたと思ったのは明け方近くだった。
そして、私は夢を見た。
私の部屋の隣で自身の仕度をしていた咲。
私の朝の薬湯準備をしていた家康。
朝げの仕度をしていた政宗。
朝の城内の見回りをしていた三成くん。
朝の鍛練をしていた、吉之助さんと弥七さん。
「やめてぇっ!いやぁーっ!」
私の悲鳴のような叫び声を聞いて、全員が私の自室に集まった。
『様っ!どうされたのですか!』
『何、どうしたのさ!?』
『何があった?』
『曲者ですか?』
『『様!ご無事ですか?』』
「はぁ、はぁっ。」
『ゆっくり呼吸して。過呼吸になんてなったら、子に障る。』
『様、ひどい汗です。』
『大丈夫か?』
政宗が私の背を支え、家康が脈をとったり額に手を当てている。
「…大丈夫だよ。ごめん。」
『大丈夫なもんか。汗だくだぞ?』
『顔色が悪い。』
「ゆっ、夢を見たの。」
『夢を、ですか?』
『悪い夢だったのか?』
『…どんな夢?』
家康が私に尋ねた。
朝の静かなひんやりとした空気が、私を冷静にさせていく。
「…わすれちゃった。」
『はぁ?』
『嘘ばっかり。』
「…わすれちゃったの。大丈夫。みんな、ごめん。」
『白湯お持ちしましょう。』
『三成、俺がやる。』
『さぁ、着替えましょう。』
咲が着替えを準備して、他の皆は部屋を出ていった。
咲は何も聞かなかった。
着替えの皺のない襦袢に袖を通す。
「ねぇ、咲。」
『はい。何か?』
「朝方の夢って…、正夢になるってここでも言ったりする?」
『…そうですね。迷信でしょうか。』
「迷信、…か。」
迷信であってほしい。
正夢になんてならないでほしい。
溢れ出した涙が頬をつたう。
『迷信ですから、お気になさらず宜しいかと。』
「…うん。そうだね。」
目を瞑ると夢の記憶が甦る。
信長様が私を間者と間違えた
首を絞められて
もがいて逃げ出して
ふらついて背中が壁にあたる
振り上げられた愛刀の冷たい切っ先が
目の前を掠めた
『ーさまっ!様っ!』
帯紐を縛っていた咲が見上げるように、呼び掛けた。
呼吸が苦しくて、崩れ落ちるように咲にもたれかかった。
『家康様っ!誰かっ、家康様をっ!』