第8章 福を呼ぶのか、闇を呼ぶのか
私の周りはゆっくりと時間が流れる。
信長様が出陣してから、もう十日が過ぎた。
夜襲で壊れた城門の各所もすっかり直された。
家康から、怪我をした兵の方々も回復してきていると聞いた。良かった、と安心していたら、
『人の心配してる暇なんてない。』
…なんて叱られた。
少しだけぽっこりしてきたような下腹部に、本当に妊娠したことを実感する。
変わらない船酔いのような毎日だけれど、昼げの少し後、無理を言って、縁側に座って、あれからぽつぽつと咲き増え出した福寿草を眺めている。
その時間、私の周りには決まった顔ぶれが集まる。
『また見てるの?よく飽きないね。』
「だって可愛いでしょ。福寿草。」
『…なぁ、家康。福寿草って食えるのか?』
「ちょっ、政宗は、なんでも食べる方向に持っていくんだから!」
『福寿草を料理に添えたら綺麗だろ?』
「そりゃ、そうだけど…」
『ダメですよ、毒があるから。』
「え!ど、毒? こんなに可愛いのに?」
『ええ、様。この様に可憐な花に毒があるとは…』
『根に毒性があります。強心作用と利尿作用もあるので、薬草としても利用出来ますが、毒性が強いので、俺は使いません。』
『さすが、家康様。博識ですね。』
『…三成。俺の薬の勉強の為に福寿草の根、食べてみてよ?』
「家康、怖いこと言わないで!
…でも、福寿草って縁起のいい名前なのに毒があるなんて。」
『…光と闇。この乱世みたいだな。』
「政宗…。」
『確かに。この乱世は光と闇の狭間ですからね。』
「私は、福の多い世になってほしいな。
…その為に皆も、信長様も戦ってるんだね。」
『あぁ。そうだな。腹の中の子のためにも、な。』
「うん。」
『さぁ、今日はもう終わり。休んで。』
『足元、気ぃつけろよ。』
政宗と家康の手が同時に差し出された。
私は両方の手を取って縁側に上がる。
ふっ、と振り返ると、黄色い小さな福寿草が風に揺れていた。
きっと、福を運んでくれる
そう思い、そう願った。
※
その夜、なんだか胸がさわさわとして寝付けなかった。
それは福寿草の話をしたからか
この世が光と闇の狭間の様だと話したからか
寂しくて
恋しくて
悲しくて