第8章 福を呼ぶのか、闇を呼ぶのか
【安土城 広間】
夜襲の後処理が終わって、ようやく普段の日常が戻ってきた頃、私は初めての悪阻に苦戦していた。
ご飯の炊ける匂いが無理だ、とか聞いたことはあったけれど…
私は基本的に全部の匂いで吐き気がする。
食べられない訳じゃないけど、かなり匂いに敏感になってしまった。寝ても覚めても続く船酔いのように、頭も重くて起き上がるのも、咲の手伝いがあってやっとのことだった。
『、鰹だしで似た粥に梅を混ぜてみた。食えるか?』
「政宗、ありがとう。」
『少しずつな。野菜や肉も小さくして混ぜこんだ。家康が色々な食材を摂れるようにって、言ってたからな。』
『…さぁさ、家康様の薬湯をお飲みになって召し上がりましょう。』
『薬湯?』
「うん。吐き気止めの作用があるって。」
『そうか。じゃあ、飲んでろ。準備してくる。』
「うん…。」
家康が作る吐き気止めの薬湯を飲まなければ食べられなくなってしまった。座っていられても、長時間は無理で、自室の褥の中が私の場所になってしまった。
「咲、いつになったら動けるかなぁ?」
『四、五月くらい先には落ち着くとは思いますが…、食べれる時に食べて頂いて体力が落ちぬように…。』
「そうだね。政宗のお粥を食べて、気分が良かったら庭でも行きたいな。」
『そう致しましょう。今日はお天気も良いですから。』
私は襖から漏れる日差しを眺めながら、優しくお腹を撫でた。
※
「咲、福寿草が咲いてるよ。黄色くて可愛い。」
『まぁ、縁起が宜しいこと。』
久しぶりに政宗の用意してくれた小さな椀に盛られたお粥を完食した後、庭先を歩いた。
たった数日部屋から出なかっただけで、風が幾分暖かい。季節が廻る。
この子が産まれるのは、紫陽花の季節の頃だろうか。
祝言をあげて一年のお祝いは、新しい家族を迎えてかな? それとも二人で過ごす最後の時期になるのだろうか。
「信長様にも見せてあげたいなぁ。いつ頃戻れそうかなぁ?文は見たかな?」
『…あぁ、返事が来たよ。』
「家康!」
『今日は、少し顔色がいい。』
「政宗のお粥も食べれたよ。」
『政宗さんが来て良かった。今もあんたが食べやすくて栄養が摂れるようにって厨に籠ってる。』
「沢山じゃなくちょっとずつを、何回にも分けてくれるんだ。」
『俺が言ったからね。』