第4章 咲の涙
『家康様が安土の国境に入られました!』
家臣の声が私の部屋まで響いたのは、昼手前の頃だった。
『早かったな。』
『秀吉、着き次第、軍議との診察だ。広間にを呼んでおけ。』
『はっ。』
それから、慌ただしく秀吉さんに促され広間に向かう。
咲が心配そうに私の真後ろに控えていた。
秀吉さんと三成くんが、家康を城門に迎えに行っている間、広間は私と信長様だけになった。
家康が来たら診察してもらう、そう決めていたのに、事の成り行きが不安になって、気づけば力一杯手を握りしめていた。
すると、信長様が私の正面に座り直した。
突然の事で驚いていたら、ぐっと胸元に引き寄せられた。
『案ずるな。貴様と俺は一心同体。何があっても、貴様を守る。』
えっ…
まさか、信長様は気付いていたの?
「ごめっ、…ごめん、なさい。
御存知だったのですか?」
『貴様のことなら何でも知っている。』
「はっ、早く…言わなくて。」
『気を回し、言えなかったのだろう。』
信長様は、私の頬を両手で挟みながら、揺るがない瞳で私の心を覗く。
あぁ、敵わない。
この人なら乗り越えられる。
バタバタと近付く足音が迫るなか、私と信長様は、触れるだけの口付けをした。
※
『お久しぶりです。』
変わらない天の邪鬼な言い方の家康が、信長様に挨拶をして、私の方を向く。
『あんまり、顔色良くないね。食べれてないんだって?』
「でも、今日は楽なんだよ。」
『そう?…先に診察ですか?』
『あぁ、頼む。』
『はい。』
家康が私の正面に座り、脈をとり始める。
広間は光秀さん以外が顔を揃えていて、咲以外は人払いまでされていた。
一通りの症状を話し終わると、ふぅ、と息を吐いて家康は話始めた。
『話をまとめて診断をするならば…。』
『…するならば?』
秀吉さんが、何故か立ち膝になった。
『秀吉、座れ。して、家康。…するならば?』
「家康、。やっぱり…」
『あぁ、。わかってたんだね。
信長様、奥方様、ご懐妊です。』
その時、広間はとても静かだった。
ゆっくり信長様の方を見たら、優しい眼差しが私に向けられていた。
『…私。』
そう言うか言わないかの時。
『ひっく。ふぁっ。』
私の後ろから泣き声が聞こえた。