第4章 咲の涙
「まだ、言わないで。」
『何故ですか? 吐き気、怠さ、眩暈。これは、懐妊による症状かもしれませぬ。もしかすれば、信長様とのお子が…。身籠られているのかもしれないのですよ?』
「でも、出血してるし。ダメだったら、…戦が近いの知ってるでしょ? 何かあったら士気に関わる。」
『ですが!』
「咲には、隠せないね。…まだ秀吉さんにも言っちゃダメよ。もうすぐ家康が来るから。」
『様。』
「ありがとう。咲、何かあったら言うね。」
『生姜湯は飲めそうですか?』
「…たぶん。」
『…お持ちします。』
ありがとう。咲にそう言うと、時が止まったように咲の視線から目が離せなかった。
ふわりと笑った咲は、襖を閉じて厨に向かった。
私は静かに下腹部を撫でて、机の上に整えた盆の上の金平糖を見た。
※
その夜は、先に褥に入った私が目を覚ますとまだ踏み机で仕事をする信長様の背中が見えた。
※
翌日、目を覚ますと頭痛や怠さは落ち着いていた。
久しぶりの体調に、ゆっくりと起き上がった私は背伸びをした。
『穏やかな顔だな。体はどうだ?』
「あ、おはようございます。だいぶ、いいです。心配かけました。」
『…では、貴様を寄越せ。政務ばかりで貴様が足りん。』
腰に腕を回した信長様は、起き上がった私を褥に縫い付けるのなんて簡単で。
私は久しぶりに信長様の愛と熱を受け入れて、お互いを満たし合った。
不思議に出血もなく、気にしすぎだったのかと思ったのが、満たされた体を信長様に預けていた時だった。
『明日には、家康が来る。』
「はい。」
『貴様の診察後に、一揆の鎮圧と国境の治安維持のため出陣する。』
「政宗も?」
『政宗は、雪解けの状況を見ながら精鋭で来る予定だ。それまでは、家康が城守と貴様の護衛だ。』
「そうですか。此度は、どのくらい?」
『…10日か、そう長くはない。』
「わかりました。」
信長様の胸に顔を埋めると、信長様は、私の頭にキスをした。
『愛している。この身が果てるまで。』
「私も、愛しています。この身が果てるまで。」
『「一心同体」』
私と信長様の声が交わる。
そして笑いあい、口付けを交わす。
それは、いつもと変わらない朝だった。