第3章 梅の花 春の隣
「咲、梅が咲いてる!」
『まぁ、本当に。まだ冷えますのにね。』
「もうすぐ春なんだね。お花見しちゃう?」
『…いけません!お体が冷えますよ!』
信長様との遠乗りの逢瀬から、10日程が経った。
変わらぬ毎日に、もう戦なんてないんじゃないかと思ってしまう。
でも、光秀さんはいなくて。
秀吉さんや三成くんの仕事も減らないし。
信長様は、天守でも遅くまで仕事をしてる。
きっとそれは、安土や広げた領土の治安を維持するための政務と、西の制圧に向けた準備なのだろうと予想が付いた。
一人の時間も多くて、持て余してしまって、今日は咲と城の庭を、散歩している。
「見せてあげたいなぁ。」
『そうですね。』
「でも、枝を折ったり花を摘むことはしたくないし。
…おにぎり作ってお昼をここで食べる!ってのはどう?」
『…また様が作るのですか?』
「だめ?」
『奥方様なのですから!』
「この間は信長様とお昼作ったよ?」
『あの時はあの時です。』
「…いじわる。」
『いじわるで結構でございます。』
私が口を尖らせれば、咲はにやりと笑って答える。
『「ふふっ。」』
二人で笑い合うと、少しだけ母を思い出す。
「咲はお母さんみたい。」
『畏れ多い…』
「落ち着くよ。一番。」
『ありがとうございます。』
「そういえばね、咲に渡そうと思って用意していたものがあるの。この後部屋に、いい?」
『私に?…何でしょう?』
私は咲の手を引いて、歩いた。
まだまだ肌寒いけれど、暖かな咲の手の温もりが冷えた私を暖めてくれるようだった。
「これ。傷を負う前に摘んでいた花なんだけど、乾燥させて花束にしたの。」
『まぁ、素敵。これを私に?』
「心配かけたから。いつもありがとう。それと、これ。」
『こ、これは…』
咲の目の前に、私が広げたのは赤紫色の生地にシャボン玉のような柄で作った小袖。
咲に見付からないように天守で仕立てたものだった。
「良ければ着てくれる?」
『勿体のうございます…。なんて上質な生地。』
「嫌じゃなきゃ着てよ。じゃなきゃ、仕立てた意味がないし。ほら、また家康や政宗が戻ってきたら宴をやるだろうからその時とか。」
『…はい。有り難き幸せ。信長様の奥方様付き女中だけでも、有り余る幸せですのに…』