第16章 きみの手のひら
『は?俺も?』
「家康は、診察でよく触るけど、光秀さんは触ってない気がして。」
『…そうだが、俺が触っていいのか? 俺の手はこいつらより汚れて…。』
「安土のために働く手でしょう? この子にはきっと優しい手です。」
『光秀、来い!』
乱暴に呼んだのは秀吉さんだった。
政宗が、ほら、と席を空ける。
困ったような顔をした光秀さんは、ゆっくり立ち上がって政宗の座っていた場所に腰を下ろした。
信長様に一礼して、お腹に手を当てる。
『暖かいな。』
「そうですね。」
ふっと、昔、妊娠した友達から聞いた話を思い出した。
「産まれた赤ちゃんは、最初は両手を握っているんです。なんでかわかります?」
『両手を握って産まれる理由?』
「はい。信長様。」
『なんで握ってるか…、おい、家康。知ってるか?』
『いえ、聞いたことありません。』
『書物でも読んだことはありませんね。』
『家康も三成もわからないのか…』
秀吉さんが困ったような顔をした、その時だった。
『…右手に夢、左手に希望。だったか。』
ゆっくりとお腹を撫でる光秀さんの手が止まった。
「知ってるんですか?」
『数年前に視察に行った先の寺の住職が話していたのを聞いたことがある。
右手に夢、左手に希望を握り絞め産まれ、やがて手のひらが開かれて夢と希望は散らばっていく。それを生涯という旅路で集めていくのが人生だと。』
「へぇ。この時代からそう言う話があったんだ。」
『光秀さんが、そんな情のある話を覚えてるなんて珍しいですね。』
『話を聞いた帰り道に、ふと考えたんだ。俺は集められているのだろうかと。』
『して、光秀。どう思ったのだ?』
『夢も希望も形の無いものですが…我が夢は信長様の大望そのもの。…であれば道半ば、でしょうか。』
『ふっ、貴様らしい。』
『俺も、道半ばです。』
秀吉さんが信長様の方に姿勢を正して声をかけた。
「じゃあ、個人的には?」
『個人的?』
「みんな、信長様の大望を目指して集まっているでしょう?
同じ夢や希望の為に。じゃあ、秀吉さんだけの夢や希望はある? 光秀さんも、政宗も。家康も、三成くんも。
信長様も。自分の中の夢や希望。」
『自分の中の夢や希望、か。』
『ちゃんと考えたこと、…あまり無いかも。』
『家康、俺もだ。』
『私もです。』