第15章 幸せな孤独
『幸が使ってる家にあるから、すぐ渡せるよ。
…そうだなぁ。咲さんに渡しとく。』
「え?」
『さんが好きなものを教えて、仲直り、したら?』
「そう…、だね。」
『じゃあ、俺はこれで。産まれる前に、もう一回くらい会えたらいいけど。』
「うん。そうだね。ありがとう!」
『じゃ、また!』
佐助くんは、石垣の方に走り始めて、ひょいっと飛び越えて出ていく。
秀吉さんに怒られちゃうんじゃないかな、って思いながら私は見送った。
※
【城下にて 咲 目線】
『咲さん。』
城下での所用を終えて、城に戻る帰り道でした。
振り返ると夕焼けに変わる陽射しの先に、緑の装束を纏った男の人が立っていました。
曲者かと一歩引いたとき、聞き慣れた名前を耳にしました。
『あ、俺です。佐助です。…越後の軒猿の。』
『あぁ、佐助様。お久しぶりです。今日は?』
『謙信様の書状を届けに来ました。さっき、さんと会ってきたんです。』
『様と。そうですか。』
少し話をしたい、そう思いました。
様と同郷の佐助様。
この方なら、…さまの抱える言葉にぬらない不安を
わかるかもしれない。そう思いました。
『あのっ、…。』
『お時間、今ありますか? そこの茶屋の団子がうまいんです。』
※
なにから話せばいいのやら。
話がしたいと思っていたのに、いざ隣に座る佐助様を見ると緊張してしまっておりました。
私は、ただ手元の湯呑みを握りしめました。
『うまいですよ、どうぞ。』
『…佐助様は、様と同郷なのに越後の忍なのですね。』
『あぁ、まぁ、色々ありまして。』
初めてお話しするのに、棘があったかしら。
あぁ、なにから話せばいいのやら…
ふぅ。とため息を付いて、また湯呑みを覗いた時でした。
『さんは、幸せですね。』
『えっ。』
『さっき、咲さんに我が儘を言って八つ当たりをした、と話していました。
俺は、主君と忍の関係や、戦友としての仲間との関係ならもってますけど、家族のような関係は持っていません。
我が儘や八つ当たりが出来るなんて、羨ましい。』
佐助様は、メガネをくっと持ち上げて空を見上げられました。