第15章 幸せな孤独
『なに、喧嘩でもした?』
「えっ?」
家康が私のとなりに座って脈を測る。
『お腹は張らない?』
「沢山動かなければ…、大丈夫。」
『そう。足もあまり浮腫んでないみたいだね。』
「うん。」
『はぁ。俺、これから秀吉さんと打ち合わせがあるから。咲も世話係の二人のうち一人が来れなくなったらしくて、残り一人と話をするって城下に行った。
あんたは、ゆっくり景色でも見て過ごしていればいいよ。』
「…わかった。」
『はぁ、我が儘な寂しがり屋の奥方の話し相手、必要?』
「我が儘な寂しがり屋って酷い!」
『間違ってないと思うけど?…佐助、呼んどいた。もうすぐ来るだろうからさ、その頭の中にある憂い無くしてもらったら?』
「佐助くん?呼んだの?」
『うん。呼んだ。』
「どうやって?」
『…指笛吹いて。』
「えっ、羽黒じゃないんだからさ。狼煙とか?」
『じゃあ、やってみる?』
家康は、ちらっと周りを見回してからピーっと指笛を吹いた。
ガサッ
「わぁっ。さっ、佐助くん!」
『ほらね。』
『お久しぶり、さん。』
「久しぶり、だね。わざわざ来てくれたの?」
『いや、軍事協定についての謙信様からの書状を届けに来たんだ。さっき信長様にも会ってきたよ。せっかくだから君のところにも会っていけって。』
「…そうなんだ。」
『じゃあ、俺は行くから。佐助、頼んだ。』
『はい。』
家康は、私の頭をぽんっと撫でたあと廊下を進んでいった。
佐助くんが、ちょっと離れた場所に腰かけた。
『お土産。』
「えっ?」
差し出されたのは小さな風呂敷で、その中には越後の飴とお菓子が入っていた。
『…なんか、あった?』
佐助くんの一言が、溢れたしそうな涙の蓋を開ける。
私は、大きくなったお腹を撫でながら泣き始めてしまった。
※
咲に言ったこと
世継ぎを産む責任。葛藤。理想。
現代言葉を要り交えながら話す内容を佐助くんは、静かに聞いていた。
『…さん。それ、間違いなくマタニティーブルーってやつじゃない?』
「え?マタニティーブルー?」
『そう。妊娠中や産後に急に不安になったりイライラしたり情緒不安定な状態の総称。』
「…そっか。」
『戦国時代でもあるんだね。』