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暁の契りと桃色の在り処 ー信ー

第15章 幸せな孤独


「別に何処でもいいでしょ?」

『縁側にお座りになるならこの厚手の座布団を。まだ、陽射しはありますが羽織を着て…』

「…じゃあ、日向ぼっこするから、ポテチと珈琲持ってきて。」

『…は? 保手?』

「ポテチと珈琲!…っ。
ちょっと城を散歩してくる。付いてこなくていいから!」





…はぁ、やっちまった。

我に返ったのは二の丸辺りの庭に差し掛かった頃。
少し疲れて縁側に座って、見たのは金木犀の木。
まだ妊娠していない頃、咲と金木犀の花を見たのを思い出した。
ひらひら舞う小さな花弁が星屑みたいだと私が言ったら、優しく微笑んで頷いてくれた。

二の丸の庭は丁寧に造られた枯山水。
金木犀の木と反対側には、銀杏の木がある。
銀杏の葉が宙に舞いながらひらひら降るのが綺麗で、ずっと見ていたら頭にのった葉を咲が取ってくれた。

さっき、自分が言った事を思い返せば、かなり自分勝手で困らせることばかりだったのは明確だった。
でも、同じ毎日を過ごすだけの私は、以前より故郷の記憶を思い出すようになっていた。

出産前の友達の家に行った時、カフェインレス珈琲を飲んで、私が手土産にした小さなケーキを食べていた。
私がポテチの袋を開けて、摘まみながら話した記憶。
出産への期待、痛みの恐怖。
新しい生活への希望。

見せてもらった母子手帳。

今の私が同じように手に出来るものは何もない。

「はぁ、最悪。」

ただの八つ当たりなのはわかっていた。
思っていた妊娠生活と違って、自由に過ごせない辛さや、日々膨らんでいく御世継ぎを産む責任。

なにも知らない私の為に手を尽くして、毎日を過ごしやすいようにしてくれているのは、信長様だけじゃなく、咲だということもわかっていた。


「珈琲とポテチ持ってきてって、最悪でしょ。」

ぽつりと独り言を言う。暖かい陽射しに似つかわない冷たい風が吹いた。

「やっぱり寒い。」

『だろうね。』

「いっ、家康!いつから?」

『こー、なんとかの事言ってる頃から。』

「…どうかした?」

『軍議が終わって、あんたの部屋に行ったら居なくて、咲がここだろうって。』

私がここにいるってわかってたんだ。咲。







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