第15章 幸せな孤独
「別に何処でもいいでしょ?」
『縁側にお座りになるならこの厚手の座布団を。まだ、陽射しはありますが羽織を着て…』
「…じゃあ、日向ぼっこするから、ポテチと珈琲持ってきて。」
『…は? 保手?』
「ポテチと珈琲!…っ。
ちょっと城を散歩してくる。付いてこなくていいから!」
※
…はぁ、やっちまった。
我に返ったのは二の丸辺りの庭に差し掛かった頃。
少し疲れて縁側に座って、見たのは金木犀の木。
まだ妊娠していない頃、咲と金木犀の花を見たのを思い出した。
ひらひら舞う小さな花弁が星屑みたいだと私が言ったら、優しく微笑んで頷いてくれた。
二の丸の庭は丁寧に造られた枯山水。
金木犀の木と反対側には、銀杏の木がある。
銀杏の葉が宙に舞いながらひらひら降るのが綺麗で、ずっと見ていたら頭にのった葉を咲が取ってくれた。
さっき、自分が言った事を思い返せば、かなり自分勝手で困らせることばかりだったのは明確だった。
でも、同じ毎日を過ごすだけの私は、以前より故郷の記憶を思い出すようになっていた。
出産前の友達の家に行った時、カフェインレス珈琲を飲んで、私が手土産にした小さなケーキを食べていた。
私がポテチの袋を開けて、摘まみながら話した記憶。
出産への期待、痛みの恐怖。
新しい生活への希望。
見せてもらった母子手帳。
今の私が同じように手に出来るものは何もない。
「はぁ、最悪。」
ただの八つ当たりなのはわかっていた。
思っていた妊娠生活と違って、自由に過ごせない辛さや、日々膨らんでいく御世継ぎを産む責任。
なにも知らない私の為に手を尽くして、毎日を過ごしやすいようにしてくれているのは、信長様だけじゃなく、咲だということもわかっていた。
「珈琲とポテチ持ってきてって、最悪でしょ。」
ぽつりと独り言を言う。暖かい陽射しに似つかわない冷たい風が吹いた。
「やっぱり寒い。」
『だろうね。』
「いっ、家康!いつから?」
『こー、なんとかの事言ってる頃から。』
「…どうかした?」
『軍議が終わって、あんたの部屋に行ったら居なくて、咲がここだろうって。』
私がここにいるってわかってたんだ。咲。