第2章 「笑顔って怖いよね」/源頼朝
「いたぞ」
玉藻の静かな声に考えていた思考など吹き飛ばされて目の前に集中する。
そこには猪ほど大きな犬のような猫のような姿をしたあやかしが、
猫のような鋭い瞳でこちらをじっと見据えていた。
「あの九尾の狐が何用だ?
しかもただの変哲もない人間と契りを交わしているとはな」
「おや、由乃を甘く見ないでもらおうか。
俺の選んだ女はお前の予想以上に素晴らしい女だぞ?」
じっとこちらを見つめる猫又には何の感情もないように見えるが、
玉藻の態度に少し苛立っているようにも見える。
「ふんっそれにあの異質な魂を持つ男の兄でさえも、
このような場所に来るとはな」
「なんだ、義経を知ってるのか?」
「あやかしの間では有名な男よ。
あやつはどちらかといえば我らと同じあやかし側に近い魂を持っているからな」
「……なるほどな」
どうやらこの猫又というあやかしは、
義経様のことも知っているらしい。
やはり義経様はどこか不思議な雰囲気を纏っていると思っていたけれど、
その魂からただの人間とは異なっていたみたいだ。
そうだとしても義経様は義経様だと私は思う。
あの方は優しく強い方だと、
戦で合間見えた時に私は肌で実感したのだから。
「由乃」
こそっと頼朝様が猫又と話をしている間に、
玉藻が私に聞こえるような小さな声で、
『仕掛けるぞ』と言っているように私の名を呼ぶ。