第19章 髭切 姫彼岸花の約束・:*+.
「っ…!なぜ私の事を…」
男は私の顎をぐいっと持ち上げ、瞳を覗き込む。
その赤紅色の瞳に見つめられると、全てを見透かされているような気がして落ち着かない。
「我には分かる。全てな。ふむ…お前はいずれ睦月になる。その器だ。」
「何を言って…」
「さてどうするか…。蕾は今のうちに摘んでしまおうか…。」
長い指で首筋をツーっと撫でられて、びくっと身体が震える。
「やめて…ください!」
震える声を何とか絞り出し、ばっと立ち上がると男と距離を取る。
「ふっ…それとも連れ帰ろうか。それもまた一興だな。」
妖艶な眼差しで私を射抜く男は、くすっと口元に弧を描く。
「まるで狼に追われる子兎のようだな。実に愛い。そんなに怯えずとも取って食いはしない。こちらにおいで?」
男は左右に首を振る私を、より一層興味深そうに見つめ、楽しそうに笑みを深める。
「貴方の…目的は何ですか?」
男は一歩ずつ私に近づき、私は一歩ずつ後ろに下がる。
「我はな。審神者と語らいたいのだ。お前はなぜ歴史を守る?」
「歴史は…過去の人々が必死に生きた証。この国の守るべき財産です。」
底知れぬ恐怖で震える手をぎゅっと握りしめ、また一歩下がると背中が壁にぶつかる。
男の腕が私の両耳の横に置かれ、完全に逃げ場を失った私は本当に追い詰められた子兎だ。
もう逃れる事はできない。
「ほぉ。実に審神者らしい答えだ。だが…その歴史の裏で、多くの者の命が理不尽に散っていったのも事実であろう?…その者たちは本当に、あの時あの場所で生を終えないといけなかったのか?」
「それは…」
「散っていった者たちが"善"で、表舞台に名を残した者たちが"悪"だったとしたら?お前達が"正しい"と信じて疑わない歴史が、"間違え"である可能性を誰が否定できる?」
「っ…」
「我らは本当に戦わねばならぬのか?共に手を取る道もあるはずではないか?」
ふいに男が憂いを帯びた表情を見せる。
どうして…?どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?
迷子の子供のような、必死に何かを探しているような瞳。
目が離せない…動けない…。
敵なのに…彼の想いを否定できない。
「…正直分かりません。それでも私は私に与えられた審神者の使命を全うします。」
何かを訴えるかのようにぎゅっと掴まれた腕。
悲傷や寂寥の想いが伝わってくる。
振りほどけない…