第19章 髭切 姫彼岸花の約束・:*+.
私の頬を優しく包み、安心させるように微笑んでくれる髭切さんに精一杯の笑顔で応える。
不安を見せてはいけない。
私は刀剣男士を束ね、従える審神者だ。
私は真っ直ぐに髭切さんの瞳を見つめる。
「髭切。貴方に時間遡行軍の討伐を命じます。敵の狙いは恐らく私たち。貴方の最優先任務は敵の撃滅ではなく、必ず私の元に戻ること。」
私は着物の帯裏に忍ばせた加護札をぎゅっと押さえる。
この加護札があれば、完全に傷を癒す事はできなくても応急処置ぐらいはできるはず…。
「私は審神者です。貴方を絶対に折らせません。必ず貴方を主の元に返します。だから…私にも貴方を守らせてください。」
「っ…!ねぇ…僕、千年刀をやってきて今初めてときめいたよ。いろはの事もっと好きになっちゃったみたい。」
「んっ…」
髭切さんは目を輝かせ、ゆっくり顔を近づけると、宝物に触れるように優しく口付ける。
その一瞬がずっと続いて欲しくて、彼の戦装束をぎゅっと握る。
どうか…どうか無事に戻ってきて…。
「さぁて、鬼退治に行ってくるよ。必ずいろはの元に戻るからね。あぁ。誉のご褒美はさっきの続きが良いな?」
「ふふ。私も…」
「約束だよ?」
「約束です。」
コツンとおでこを合わせ、差し出された小指に小指をぎゅっと絡ませると、髭切さんはいつも通りに朗らかに微笑んで、颯爽と屋根に上がる。
私は部屋の襖を閉めると、柱の裏に座り、姿を隠す。
一体敵の目的は何?
なぜ私たちを狙うの?
ギィィィ…
本殿の扉がゆっくりと開かれる。
っ!誰かの足音…時間遡行軍!?
いや。違う。この気配…人間?
バクバクバク…
心臓が爆発しそうなほど大きく鳴り響き、膝をぎゅっと抱えて目を閉じる。
「見つけたぞ。」
「っ…!」
襖を開ける音さえ聞こえなかった…!
闇に紛れ、目の前に音もなく現れた一人の男。
「暗いな。もっとよく顔を見せておくれ。」
燭台が並ぶ台に男がふっと息を吹きかけると、短く溶けた蝋燭が一斉に灯る。
男は畳に片膝をつくと私を真っ直ぐに見据える。
紫水晶色の長い髪、赤紅色の瞳、彫刻のような端正な顔つき。
威厳を感じる落ち着いた低い声からは、敵意こそ感じないが、彼が纏う不思議な空気は人間とはまた少し違う。
「だ…誰ですか…?」
「そう恐れるでない。ん?お前は…まだ葉月か。睦月の気配がしたのだがな。」