第19章 髭切 姫彼岸花の約束・:*+.
「えっと…?どちらに?」
「僕はね。焼き魚より煮魚が好きなんだ。」
「はい?」
「君はどっちが好き?でも煮すぎちゃうと身が崩れて、濃くなっちゃうし…難しいよねぇ。あぁ。この前食べた鯛の煮付けは絶品だったなぁ。」
「ふふふ…。あっ…すいません。なんだか可笑しくて…」
マイペースすぎる彼の発言に思わず笑みが溢れた私を、彼が驚いた様子で見つめて目を輝かせる。
「うん。凄くいいね。」
「?」
彼は微笑みながら、引いていた私の手を指を絡めるようにぎゅっと握り直した。
えっ…と?この手は…?
考えが読めなくて余計にドキドキしてしまう。
「ここの煮魚定食は絶品なんだ。」
そのまま一軒の定食屋に入った私たちの目の前に、醤油と砂糖の甘辛い香りがなんとも食欲をそそる煮魚が運ばれてくる。
彼は魚を綺麗にほぐし、骨を取ると私のお皿に乗せてくれる。
その温雅な一つ一つの仕草に胸がときめく。
「いっぱいお食べ?」
「はいっ!んっ〜…美味しい…!」
一口食べた瞬間、うっとりするほどの香味が口いっぱいに広がり、なんとも言えない幸福感に包まれる。
「ふふっ。その顔が見れて僕は幸せだよ。」
頬杖をつきながら、私を見つめるその艶っぽい猫目に囚われて、目が離せなくなる。
陽光が柔らかな彼の鳥の子色の髪の毛、金糸雀色の瞳、長い睫毛、陶器のような白い肌を染めてキラキラと輝く。
「綺麗…」
「ん?どうしたの?」
吐息が触れる距離に彼の眼差しが迫り、細く長い指の背で頬を優しく撫でられる。
「っ…!いっ…いえ。」
彼は距離感が近すぎて困るっ…!心臓がもたないよ…。
他の女性にもこうなのかな?
なぜか胸がズキンと痛む。
自分だけに…こうだったら良いな…。
「お腹いっぱいになったかな?そろそろ行こうか。」
お金を机に置こうとする彼の手を止める。
「あっ!ここは私がっ!たくさん助けていただいたので…。あれ?」
私は着物の袖に手を入れて、お金の入った巾着を取ろうとするが、いくら探しても見当たらない。
「えっ?無い!うそ…もしかして…」
頭に浮かぶのは先ほど襲ってきた男たちの顔。
「どうかした?」
「お金が入った巾着を…さっきの人達に取られてしまいました…」
「おやおや。それは災難だね。」
「どうしよう…」
「ねぇ君?」
「へっ?」
彼は落ち込む私の頬をむにゅっと摘み、にっこりと微笑む。