第15章 知らなかった気持ち
「苦しんだって僕の妹も安城さんも帰ってこない」
なんといえばいいか分からなかった。
僕は氷雨さんみたいに人のことをよく見られないし、相手を思えない。天晴みたいに正しいことは言えない。
「そうだ。僕だってもうどうしようもない傷がある。消えないよ。永遠に消えない。僕は傷を消すために、こんなに身を削って鬼殺隊にいるわけじゃない。」
霧雨さんは、もう鬼殺隊が最終地点だったのだと聞いたことがある。この人はここに来るしかなかった。ここ以外で生きられる場所がなかった。
自分の名前も知らない、言葉も話せない、ご飯の食べ方も知らない、常識も作法も生活を送ることも何もできない人だったと聞いた。
僕は望んでここに来た。いろんな選択肢があったのにも関わらず、この道を選んだ。
選択肢など用意されず、ここに来るしかなかった霧雨さんとは違う。
霧雨さんは知らない。
きっとまだまだ知らないことがある。
今ここでこの人が、自分の足で立って、歩いて、話して、僕の手を握っている。そんなどうでもいいようなことが、奇跡なんだ。
生きていることが、霧雨さんにとっては奇跡そのもの。
「すべての人に天寿を全うするまで生きてほしい。」
「……」
「それが僕の望みなんだ。」
妹の、ハルナの仇を討つ。
その気持ちも確かにある。
けれどね。そんなことをしても、ハルナは戻ってこないから。ならばせめて、もうこれ以上悲しむ人が増えないようにって。
「霧雨さんや僕のように、大切なものを奪われる人がいなくなればいいって、思った。」
「……」
「僕の感情が行き着いた先はそこなんだ。悲しくて悲しくて、苦しくて。その苦しみの中で生きていくよりも、その苦しみを持って僕は人を救いたい。」
涙をただ流す僕に、霧雨さんが手を伸ばした。
その手で涙を拭いてくれた。
「どうして、そんなに泣くのですか」
「…」
「泣かなくて、いいと思います。桜くんの気持ちは、……ちょっと…、ぁ、とても、難しい、ですけど。」
霧雨さんは珍しく言葉が詰まっていた。
「私に、伝わっています」
生きるということは奇跡に等しい。
この人もいつかそれを理解するだろう。その時、僕と同じことを思うだろう。
その奇跡を絶やすことをしてはいけないと。