第15章 知らなかった気持ち
僕は泣いた。
でも泣いているのは僕じゃない。
「だって」
顔を上げると、美しく微笑む霧雨さんと目が合った。
「僕はあなたの代わりに泣いているんだよ。」
霧雨さんは泣けない。
笑うことしかできない。
この人の中にも感情はあるけれど、それが表に出ることはない。
笑顔。笑顔。笑顔。
染み付いた、笑顔。笑っていない顔。
この表情だけで、この人の今までの人生がうかがえる。悲しくても、嫌でも、怒っても、何があっても笑ってきたのだろう。
それを強いられる……。いや、それが許される環境にいたんだ。
「ありがとう」
霧雨さんは笑う。
でも僕には泣いているようにしか見えなかった。
「霧雨さん」
「何ですか」
僕は。
「泣かないで」
笑っている彼女にそう言った。
「はい。私、泣きません。」
ちょっと不思議そうに首を傾げていた。ああ、わからないのだろう。
泣いている自分にこの人は気づいていないんだ。
「桜くん」
「何」
霧雨さんは、少し間をあけた。
「死なないでね」
無茶なことだと思う。
この鬼殺隊にいる同胞を相手に、それを言うのは。
でもこの人は知らない。
わからない。
僕が、命を投げ打ってまで鬼殺隊に人生を捧げているこの気持ちを。感情を。人への想いを。
いつかこの人も知ることになる。そして、僕みたいに死んでも誰かを守ろうと思うようになる。
今はまだ自分のことがわかっていないけど。自分の痛みに気づかないから、治療もおろそかにするような人だけど。
自分の痛みを知らないまま命を捧げるのと、他人を守ろうとして命を捧げるのは違うことだ。
その時、この人はもっと強くなる。そして最も死に近づくだろう。
鬼殺隊として僕はそれを願う。
けれど、一人の人間として、そうなってはくれるなと思う。
「うん」
短く返事をした。
死にたくないなんて思わないけど、この人と生きていたいとは思う。
あとどれくらいの命かわからないけれど、霧雨さんがいる間は生きていたい。
だから、どうか、死なないでいてね霧雨さん。
何も知らないままの、あなたでいてね。