第14章 音と霞
「私はね、この遺書は誰にも見せたくないように思う。これは彼女の独白のようなものだから。」
お館様はそう言った。
「でも君たちが見たいと言うなら、あの子も許してくれるだろう。けれどその前に、あの子のことを私は話さなくてはならない。」
その後、お館様は長い話をしてくださった。
全員が絶句した。
初めて聞いた話だった。鬼殺隊に入る前の霧雨さんの生い立ちに、誰も口を挟むことができなかった。
「誰にも理解されないような、可哀想な子供だった」
お館様は重々しい声で言った。
「…本当に。」
そう言ったのち、そばで控えていたご子息に遺書を読むように促した。
「では、読み上げます。」
その遺書は、遺書というには文章が整ってはおらず、他の隊士のものとは違った。
霧雨さんが一言も生前には話さなかったことがそこには書かれていた。
また全員黙り込んでしまった。
『この結末に、文句も不満もございません。』
遺書の最後の言葉が頭に残る。
なんでだよ。
文句も不満もあるからあんたは泣いたんじゃないのか。
出鱈目言ってんじゃねえよ。
手紙の中でくらい、本音を吐いてくれよ。
「私の元に残されたものはこれしかない。実弥、他にあの子はなんと言っていたかな。」
「…刀を刀鍛冶の元へ返してくれと……」
「そう。あの子の刀鍛冶は少し変わったところにいるからね。私が話を通しておこう。頼んだよ。」
「はい、それから…」
不死川は一瞬言葉を止めた。
「『無念』だと、言い残して逝かれました。立派な最後だったと思います。」
なんの感情もこもっていない声で不死川はそう言った。
「そうか。」
お輩様は微笑んだ。
「…文句も不満もしっかりあったみたいで、安心したよ。ありがとう実弥。」
あの人が死んで泣くような人間はこの中にはいなかった。
けれど、全員何とも言えないものが心に残ったのだろう。やたらと皆無口で、嫌な空気だった。