第3章 霞と音の大学ライフーその壱ー
ここに来る前に購買で買っておいたサイダーを渡すと、霧雨は喜んでそれを受け取った。
「わあい、おごりですか?」
「おー、おごりだおごり。」
「やった」
たったそれだけのことで大袈裟に喜び、スケッチブックと鉛筆をしまってペットボトルの蓋をあげた。
ぷしゅっ、と炭酸の弾ける音がした。
「いやー、良いこともあるもんですねぇ。」
霧雨の顎を一滴の汗が伝う。
ミーンミンミン、ジージー、ツクツクツク……セミがそれぞれの鳴き声をあげる。それがやたらとでかく聞こえた。
霧雨はバカだ。
目の前のことに夢中になって、周りが見えない。やりたいことをやるために自分を顧みない。
『鬼は斬る、人は救う』
前世でもそうだった。何もかも自分一人でやってのけた。それと引き換えに、体中に傷を作りながら。
何も変わってねえ。変わっちゃいねえ。
それがすごく危ういから、俺は時たま声をかける。
……何もできずに死なせてしまった、前世の行いを悔いているから。
なあ、こんなこと言ったらお前はどう思う?
気にするなって言うか?そんなことないって?
いやぁ、違うな、お前はバカだから。きっとまともな答えは返ってこない……。
「冷た~い。いっただーきまーす!」
霧雨が顔から汗を垂らしながらペットボトルを傾ける。唇が飲み口に触れ、柔らかく形を変える。
真夏の中、しっとりした髪が霧雨の呼吸に合わせて揺れる。サイダーを流し込まれた喉が一定のリズムで動いた。
(……あ)
ゴクン、と最後に動く。霧雨がその瞬間に目を閉じた。唇からそっと飲み口をはなす。
たらり、と飲みきれなかったサイダーが唇の端から垂れる。霧雨はそれをなめようと舌をだし、ぺろりと動かした。
しかしそれさえも突破した残りのサイダーが顎を伝い、垂れた。
「あらら」
ポタリと霧雨の胸元にそれは垂れた。
「…宇髄先輩?」
じっと見つめる俺に、不思議そうに霧雨は首をかしげた。
霧雨の第六感が仕事をする前に、適当な口実でさっさとその場を抜け出した。