第3章 霞と音の大学ライフーその壱ー
美大に入った奴が全員、画家やアーティストなんぞになるわけではない。俺は教職とって美術の先生になろうとしてるわけだし。
まあ、今探してるアイツは完全なるアーティスト肌だな。イラストレーター目指してるって聞いたけど、あのポンコツさは良い感性を引き出していると思う。
そんな思考回路を邪魔するくらい、セミどもがやかましく鳴いていた。
あちぃ。夏だ。うぜぇ。
息をしているだけで苦しいこの季節に、わざわざ外に出て歩くわけは、後輩の霧雨に会うためである。
ソイツは大学の裏の、彫刻実習棟の側の植木の中をガサガサとかき分けて進むと、そこにいた。
「あら?」
丸く輝くほんのりとしっとりとした瞳。つややかな鼻。すらりとのびた手足は細くて白い。唇は暗めのレッド……安物の口紅つけてやがる。
まとめて言うと、歩けば三人は振り返りそうな美女が植木の真ん中にしゃがみこんでいた。
ひざにスケッチブックを抱え、どこにでも売っていそうな鉛筆を握っていた。
俺を見上げたことで、ぱさりと髪が一房落ちた。それを指でつまんで耳でかける仕草もなかなか絵になる。
「どうされました?宇髄先輩。」
キョトンとして首をかしげてくる。はっきり言ってくそかわいいが、俺はときめかない。多分これだけで落ちる男はいるだろうな。だが俺はもう心に決めた女達がいるから、ド派手に間に合ってる。
「アホ。お前こんな季節にそんなことやってたら死ぬぞ。」
「いえいえ、この子を追いかけただけなんですよ。」
霧雨の目の前にはふてぶてしい顔をした猫がいた。
大学内でよく見かける野良猫だ。
「デッサン課題がはかどるんですよぉ。ねこちゃん、今日もかわいいでちゅねぇ~…。」
にこにこ笑って猫に手を伸ばす霧雨。猫はやれやれと言ったようにふてぶてしく歩き、その手にすり寄った。
……こいつの彼氏がこの場面を見れば、優しく一緒に付き合ってやるんだろうが。
どうも声に元気がない。仕草も少し気だるげだったので、俺はため息をついて霧雨の隣に腰を下ろした。