第12章 あなたの残した場所
あの空の皿は、師範の親しい人たちの分だったらしい。
師範の知り合いの人がこの店を鬼から守った時に交友が始まった。以来、そのひとはたびたび師範や仲間を連れて訪れた。
しかし、人がどんどん減り、その人もついには居場所が分からなくなり、師範は一人になってしまった。その時、約束したらしい。
「ここでは、みんな無邪気に笑っててね。四人のうちの一番年上の子が、美味しいものを食べてたら鬼のことなんて忘れるってよく言ってた。若い子たくさん連れてきてね、泣きながらみんなでご飯食べるなんてこともあったの。」
「…。」
「ここはみんなが鬼を忘れて心から笑えた場所だから、またご飯を食べさせてあげてって、あの子がね。」
長年謎に包まれていた空っぽのお皿の正体はあっさりとわかった。おばあさんは涙を拭きながら話してくれた。
確かに。ここに来るとみんな笑顔だった。師範も、楽しそうだった。ご飯も美味しいし、この店に宿るたくさんの人の思い出のせいかもしれない。
「あの子が使っていたのは、たった一人の同期のお皿なのよ。」
「同期の…?」
「本当に仲良しでね。亡くなったって教えてくれた時、あの子初めて何も食べずに帰ったわ。せめて何かできないかと思って、ずっとそのお皿を渡していたのよ。」
…知らない。それは知らない話だ。
「おばあさん。師範の話、聞かせてもらえますか。」
「あの子の?」
「僕、二ヶ月しか一緒にいられなかったから。」
そう言うと、おばあさんはクスクスと笑った。…?何かおかしいこと言ったかな。
「でもねえ、私十年以上あの子を見てたけど、名前も知らないのよ。」
それを聞いて、僕も思わず笑ってしまった。
「師範らしいです。」
「名前を聞こうと思いうちに来なくなっちゃった。」
僕らはしばらく話に花を咲かせた。
幼い日の師範の話が聞けて、僕は嬉しかった。
そうしてたっぷりお話しした後に僕は店を出た。結局、おばあさんに師範の名前を教えることはなかった。
もう知っても呼ぶこともできないから、聞きたくないらしい。