第12章 あなたの残した場所
「おばあさん」
僕は湯呑みを置いて呼び止めた。おばあさんはゆっくりと振り返る。
「……来るの…遅くなって、ごめんなさい」
顔を見て。しっかりと言う。
「お伝えしないといけないことがあります。」
おばあさんは悟ったのか、じっと僕を見つめ返した。
「……いつか、ここにきていた、炎色の剣士を覚えていますか。」
「…うん。」
「彼は、殉職しました。」
「そう。」
「あと、体の大きな、派手な人。」
「覚えてるよ。」
「あの人は、怪我で引退しました。」
「じゃあ…体の小さな蝶々の髪飾りの子は」
「まだ現役です」
「そうかい」
おばあさんは、優しい微笑みを浮かべていた。
僕の言葉を待っているようだった。
「……僕の、師範は」
「うん。笑顔の…美人のお嬢ちゃんだね。ずうっとここに来てくれてたのよ。常連で。」
「その、人は」
僕は伝えた。
「亡くなりました。もうずっと、何年も前に。」
おばあさんはうなずく。
「そうか、ああそうかい。おじいさん、やっと聞けましたよ。やっぱり、そうなんですって。おじいさん。あんた、ずっと、そんなことないって、いじはってたけど、やっぱりそうなんですって。」
よろよろと歩いて、棚のおじいさんの変な顔をした写真を手に取る。
「……強い子だったねえ、おじいさん。だんだん人が減って、ついに一人になっても、ずっと笑って、もぐもぐご飯食べて、美味しいって、言ってくれたねえ。」
その背中に、悲しみが広がる。
「また、使われないお皿増えちゃったよぉ……!!」
おばあさんは写真を抱きしめて泣いた。
僕は箸を手にとった。他の四人分のお皿には手を触れないで。
「いただきます。」
一口。
うん、美味しい。味は変わらない。
「うまい」
煉獄さん。
「うまい、うまい」
師範
いなくなってしまった皆
「……美味しい…」
僕は泣きながら食べた。
最初から最後まで、ずっと泣いていた。
『美味しいものを食べよう』
『食べたら、また頑張ろう』
『きっと前を向けるから』
師範はどんな気持ちだっただろうか。ここで一人、ご飯を食べるのは。
どんな気持ちで空っぽのお皿に手を触れなかったのだろうか。