第12章 あなたの残した場所
中に入ると僕以外に客はいなかった。まあ、開店したばかりだから。
「ずいぶん懐かしい顔だねえ。もう時間が経ちすぎて、じいさんは逝ってしまったけど。働いてくれてた娘も嫁に行ったのよ。」
ここは家族で経営していた。店の棚には見覚えのあるおじいさんの写真が飾られていた。写真なんて初めてだったのか、すごく変な顔してる。
「……鬼?」
「いんや。病気。鬼狩り様が頑張ってるんだから、鬼なんてこんなとこに来ないよ。」
おばあさんはニコニコと笑う。
ほっとしてしまうのはおかしいだろうか。けれど、無事に天寿を全うしてくれて嬉しかった。
「さあ、何でも注文してね。すっかりボロ屋だけど、味は変えてないからね。」
「うん。じゃあ。ふろふき大根と…。」
僕はここにくると必ず好物を注文していた。
『またふろふき大根ですか?このままではほっぺたがお大根の色になりますよ。』
…そう言っていた師範は、よく丼を頼んでたかな。
「カツ丼と卵丼」
「あらあ、たくさん食べるようになったのね。」
昔の僕は食べ物に興味もなかったので、そんなにたくさん食べなかった。
「じゃあ、ちょっと待っててね。」
おばあさんはそう言って調理場に姿を消した。僕はじっと待っていた。
…。師範がいた頃は、ここに一人で来るなんて思わなかった。
もう煉獄さんはいないし、宇髄さんは引退した。胡蝶さんはいるけど、師範が亡くなってからは一緒に食卓を囲むことはなくなった。
「はい、ちょっとごめんね。」
おばあさんはお皿と箸を並べる。
食卓には五人分並んだ。
「……。」
これも懐かしい。
必ず、こうやって並べられる。
五人分。僕の分と…後の四人分は誰のもの?そのうちの一つは師範が使っていたけど、師範は、もう。
僕は考えてすぐ答えにたどり着いた。
そして、それからだいぶしておばあさんが料理を持ってやってきた。
「お待たせ。はい、これお茶。」
「ありがとう」
僕は目の前に置かれる料理を眺めた。受け取った湯呑みは湯気が立っている。