第12章 あなたの残した場所
ピタリと足を止めた。
どこにでもあるような定食屋がひどく懐かしく思われた。……あれは、数年前のこと。
僕は師範とここに来た。二人の時もあったし、大勢の時もあった。煉獄さんと宇髄さんがいた時もあったし、胡蝶さんが来た時もあった。
師範はいつも皆にご馳走していた。何でも好きなものを食べて、と。煉獄さんなんて遠慮もなくたくさん食べるのに。
ああ、何で忘れていたんだろう。どうして師範のことを忘れていたんだろう。あんなに僕に色んなことを教えてくれたし、助けてくれたのに。
刀鍛冶の里で僕は記憶を取り戻した。家族のことも、師範のことも。
師範のことを知る刀鍛冶に会った。僕はその人のこともよく知っていたはずなのに、何も覚えていなかった。
師範の刀があの騒動で紛失したと言っていた。申し訳ないと謝られた。なぜか風柱の不死川さんに伝えてくれと言われた。会議で会った時に伝えたら、興味なさそうに返された。けど、少し悲しそうだったから、心配になった。
……この定食屋には不死川さんと来たことはなかったな。
ここの主人はとても良い人だった。けど、初めて来た日は驚いた。僕と師範の二人しかいないのに、必ず四人分のお皿と箸を出した。そのうちの一人分は師範が使っていたけれど、僕は別にもらっていたから後の三人分は使われないままだった。
他の人と来てもそう。必ずあの三人分は使われない。お店の人にも師範に尋ねても答えてくれなかった。ただ、この定食屋に行くと師範は機嫌が良かったのを覚えている。
僕がじっと定食屋の前で立ち尽くしていると、ガラガラと定食屋の入り口が開けられた。
「あら、誰かと思えば。」
数年ぶり。
僕が初めて会った時よりさらに老け込んだ奥さんが暖簾を片手に現れた。
「お腹空いたのかい、坊や。…と言っても、あんたは覚えてないかねえ。」
奥さんはにこやかに笑った。
僕がすぐに何でも忘れてしまうことをこの人は知っている。
「ううん。覚えてます。久しぶり。」
僕がそう言うと、奥さんは嬉しそうに笑って僕をお店の中に入れてくれた。