第9章 霞と音の大学ライフーその弐ー
霧雨は諦めが悪い。
午後になっても泳ぎを諦めようとしなかった。
手を引っ張って泳がせる…その繰り返し。霧雨は弱音を吐かない。が、無理なことに挑戦させてもダメだ。
いつもそうだ。霧雨は俺とは違う。順序をつけて物事を見る俺とは。霧雨は全部やろうとする。どんなことでも。
でもな、霧雨。
それは無理なんだ。全部はできねぇ。きっとお前はいつか壊れる。壊れても良いと言うかもしれないが、それはダメだ。お前はよくても周りは良くない。
少なくとも俺は嫌だって思うよ。なら不死川も同じだ。でもアイツは優しいから、それを許して霧雨の好きにさせて、どこまでも付き合ってやるのかもな。
「なあ、もう終わろうぜ。」
パッと手を離すと、霧雨はブクブクと沈んだ。
あいにく俺は優しくないからな。
「なんででずが!!!」
霧雨は水から顔を出して言った。
「これ以上は無理だ。」
「無理じゃない!!」
「それは希望論だ。」
俺は腕を組んで威圧的に言った。
「苦手なもんくらいあっていいだろ。そこまで完璧がいいか?」
「……。」
霧雨はキュッと口を閉じたかと思えば、すぐ口を開いた。
「できなかったことで、後悔したくないです。」
悲しい音がした。
苦しい音。切ない音。
霧雨は全部やろうとする。
「……大丈夫だ。霧雨。泳げなくても、不死川はお前を責めないだろ。」
「………。」
昔、その昔、いつも霧雨からは悲しい音がした。
救われてほしいと思った。あんなに悲しい音を奏でるあの人が、いつか。
だから今は。
「だから、明日は泳がないでプカプカ浮いてろ、な?」
「………はい。」
霧雨は眉を下げてにこりと笑った。
そうだ。無理しなくて良い。
諦めても、誰も責めない。
後悔なんてしなくて良い。
大丈夫だよ、霧雨。
「お前かわいいんだから大丈夫だ。」
頭の上に手を置いてなでまわすと、霧雨は真っ赤な顔でやめてくださいと言った。
うん。お前は本当にかわいい後輩だよ。