第8章 遠く想ふ君たちへ
それは、木谷さんが最も得意とする型だった。
見届けた私は、あまりの完成度に言葉を失った。
「木谷さん…」
涙がまたこぼれ落ちた。まるで、あの人が目の前にいるかのようだった。
一晩中、このために刀を振り続けたのか。
この人は、いったいどんな想いで。
涙が止まらない。目の前が霞む。
彼とはあまり話さなかった。人見知りをする人だった。けれど、任務で一緒になれば頼もしく守ってくれた。
『滅』を背負うあの背中は、今でもこの目に焼き付いている。
技を繰り出した霧雨さんは、ただ立ち尽くした。彼女もまた『滅』の文字を背負う者。
木刀で空振りしただけ。
何も傷ついてはいない。ただ風だけが吹き抜けた。
「……霞は風から派生した。」
霧雨さんがポツリと言った。
「ねえ優鈴、あなたの風は、あなたのものよ。私には真似できない。だって、風は霞を吹き飛ばしてしまうもの。」
その場に霧雨さんは膝から崩れ落ちた。
木刀も落ちた。
「……どうか向こうで笑って…優鈴」
霧雨さんは風を抱き締めるように空に手を伸ばした。
私はその光景に涙した。
「あんまりではありませんか。こんなの、あんまりじゃない。」
霧雨さんは空に届きもしない手を懸命に伸ばしていた。
「………鬼に殺される方が………マシだっただなんて………」
自ら命を断つ。
鬼に殺されるよりも残酷な報せだ。
深い深い傷と痛みだけを残して彼は逝ってしまった。けれど、今になって思い浮かぶのはふにゃっと笑う、あの素敵な笑顔。
「笑って、優鈴…」
またその笑顔が見たい。
霧雨さんの姿は痛々しくて見ていられなかった。
私は泣きながらその場を立ち去った。
それから、霧雨さんは風の呼吸なんて二度と使わなかった。