第8章 遠く想ふ君たちへ
霧雨さんはずっと笑っている。
笑う以外の表情を見せたことがなかった。
「残念なことです。」
霧雨さんはぽたぽたと水を髪から垂らしていた。手からは鮮血が滴り落ちる。
「残念な…。」
そして、自分の手を握りしめた。
「すみません、通してもらえますか。」
「え?」
霧雨さんはとことこと歩いて玄関を開けてびしょ濡れのまま中にはいっていった。そして出てきたかと思えば木刀を三本ほど持って出てきた。
血まみれの手には治療が施されていた。相変わらず乱雑で、適当だったが。
「…木刀がすぐダメになるのですよ。」
そう言って、また歩き出した。今度は庭の方へ行くのでついていくと、そこは驚くべき光景が広がっていた。
打ち込み台が全て破壊されていた。地面には血のあとが。そして、形をとどめていない木片が。
また彼女の体から水が落ちる。
滝のようなそれは汗だと気づいた。
「………すみません、一度始めると止まらなくて…会議もわかっていたのですが…。」
霧雨さんはにこりと笑った。
「今日くらい、良いですよね。」
良くない。
良くない。良いわけがない。例え、大切な仲間が死んでも。前を向かなくては。立ち止まってはいけない。
けれどそれを口に出せなかった。
あぁ、何て言えば良いのだろう。
こんなにも、悲しんでいて、傷ついていて、打ちのめされている、この人に。
何と言えばいいのだろう。
木谷さん。あなたの存在は、この人の中でこんなにも大きかったのですね。なぜこの人を置いて一人逝ってしまわれたのですか。こんなにもあなたを想う人がいるのに。
「…霧雨さん」
頬に涙が流れた。
私は包帯の巻かれたその手に自分の手を重ねた。