第3章 最悪な出会い
まだ出られると確信した訳じゃないが、なんとなく出られる予感がしてカーディガンを羽織る。
ふと、身につけた服に乾きたてのような肌触りがして鼻に近づけてみる。
…?いつもと違う…。
使っている柔軟剤がいつもと違う匂いだ。真白は家事全般を自分一人でこなしているため、使う柔軟剤も好きに選んでいる。真白が好んでいるものは、肌触りがふんわり仕上がる少しお高めのバニラの様な甘いフレーバーだ。
比べてこれは柑橘系の爽やかな香りがする。嫌いではない…いや、むしろ好きなのでいやというわけではないが、なんとなく落ち着かない気がした。
忘れ物はない、ともう一度部屋を見渡して、ゆっくりとレバーハンドルを下げる。
少しだけ引いてみて、周りを見ても誰もいないことが確認できた。1歩踏み出してみると、廊下独特のひんやりした空気感が伝わってきて、自分が今居た部屋は暖房がきいていたのだな、と感じる。廊下に出たらスピード勝負だ、とアスリートの様な気持ちで玄関を探す。
(それにしても…広いな)
いくつも部屋があるようで、扉が無数に並んでいる。だが古い家のタイプではなく、むしろ新築の様な高級マンションの様な…。
音を立てないように気をつけながら歩いて漸く玄関を見つける。
「あった!…と、静かにしなきゃ」
嬉しさのあまり声が出てしまったが、急いで駆け寄り自分の靴を見つける。よく見もせずにひっかけて、ドアを開く。
ガチャ…と重い音がして、外の光が漏れこんでくる。
(やっと出られる!!……あ、電車賃…)
カーディガンのポケットに手を入れると、来たとき通りにSuicaが入っていた。ほっと安心する。
___失《な》くしたものは無い。
失《うしな》ったものは…………
その先は考えないようにして、新宿の雑踏へ足を踏み入れた。