第1章 ※契り※
「巌勝様・・・」
キリカが掠れた声を漏らした。血を吸い上げる黒死牟と目が合う。
「・・・・っ」
視線と視線が絡み合う。その刹那。
黒死牟の六つ眼が妖光を帯びた。
「は、離してください・・・」
魂まで捕縛されそうな妖しい磁力がキリカの身体や心に絡み付いてくるようだ。すかさず、指先を黒死牟の唇から離そうとしたが、逆に抱き寄せられてしまった。
「も、もう大丈夫ですっ。あちらで手当てをして参りますからっ」
「・・・・」
「巌勝様っ!」
キリカの金切り声など耳に届いていないかのように、黒死牟は指をなぶり続けた。六つ眼でキリカの顔をじっと見据えたまま。
「喰われるとでも思ったか・・・」
ようやくキリカの指を解放した黒死牟が囁いた。
「・・・い、いいえ」
ややあってから、キリカは喉の奥から声を絞り出した。まだ、指先を黒死牟の舌が這い回っているようだ。妖しい感触に、知らず知らずのうちに頬を赤く染めていた。
鼓動が大きく跳ねる。吐き出す息が熱い。
「・・・・」
黒死牟は唇の端に奇妙な笑みを浮かべると、腕の中のキリカの耳元に唇を寄せた。
「どうせ・・・、喰らうのなら・・・」
囁き、キリカの顎に手をかけた。口付ける。
「巌勝様・・・。まだ、昼間です・・・」
室内を漂う空気が変わる。二人を包み込む空気が色を帯びていく。愉悦を呼び覚ますような、淫猥な色を。
「構わぬ・・・。昨夜は・・・、お前に触れておらぬからな・・・」
昨夜。陽が沈むと同時に、黒死牟は鬼舞辻無惨の下に赴いていた。屋敷に戻ってきたのは空が白みかける直前の事だった。
「独り寝は・・・、寂しくなかったか・・・」
「・・・・・」
「私に・・・、触れてほしかったのではないか・・・」
答えられなかった。代わりに、短く息を呑んだ。身体が熱い。胎内に刻み込まれた愉悦の記憶が目を醒まそうとしていた。
悟られぬように視線を反らしたが、黒死牟はそれを許さない。