第1章 ※契り※
パチン、パチン、と、規則正しい金属音が静かな室内に響き渡る。
パチン!
キリカの手にした花鋏が鋭い音を立てながら茎を切り落としていく。その手捌きに迷いはない。
パチン!
「ふう・・・」
あらかた切断すると、キリカは詰めていた息を吐いた。額の汗を拭う。
野薔薇、芍薬、矢車菊、雛罌粟。すべて屋敷の庭に咲いていていたものだ。
「さて、と・・・」
花々を一本ずつ、茶褐色の花瓶に生けていく。
「こんな感じで良いかしら・・・」
時折、花の向きを変えたり、枯れかけた葉を切ったりしては美しく仕上げていく。
室内には瑞々しい花の香気が満ちていた。巷で流行りの香水に勝るとも劣らない芳しさだ。
「いい匂い・・・」
キリカは目を閉じ、鼻腔いっぱいに香気を堪能した。そして、うっとりと呟く。
すべて生け終わると、花瓶を両手に立ち上がった。
床の間に敷かれた薄縁の上に飾る。部屋の雰囲気が一気に明るくなったようだ。
「すっかり散らかってしまったわ。早く片付けないと・・・」
床は花々の残骸で散らかっていた。小さく嘆息を漏らすと腰を下ろした。葉や茎を一纏めにし、紙で包む。
「・・・っ!」
汚れた花鋏を布を拭こうとしたキリカが小さな呻き声を上げた。指先に生まれた痛みに、顔をしかめる。
「如何した・・・、キリカ・・・?」
それまで傍らに座し、キリカの一挙手一投足を見守っていた黒死牟が始めて口を開いた。
「巌勝様・・・」
「怪我をしたのか・・・」
「鋏で指を切ってしまいました。でも、大した傷ではありませんから大丈夫です・・・」
平気な態を装ってはいるが、よく見ればキリカは痛みに眉をしかめている。
「見せてみよ・・・」
キリカの手を取ると、己の顔に近づけた。人差し指に一寸ほどの切り傷があった。そこから赤い筋が伝い落ちようとしていた。
「手当てをしてやろう・・・」
言うなり、キリカの人差し指を口に含んだ。じゅっ、と音を立てて、溢れる血を吸い上げる。