第2章 暁降ちの眠り姫
一方。キリカは見た夢を必死に辿っていた。記憶の欠片を追い掛けるが、掴んでも尻尾のように手をすり抜けていく。
暖かいものに包まれているような優しい夢だったのは間違いないのだが。
(・・・・)
軒を伝わる雨の音、風に揺れる木々の音。
緩やかな旋律となったそれらがキリカの耳を撫でた。再び、眠りの淵へと誘われていく。
誰にも邪魔される事のない、二人だけの幸せな時間。
今なら夢の続きを終えるだろうか。瞼を静かに閉ざした。
だが。
何気無く呟かれた、黒死牟の一言がキリカを現に引き戻した。
「昨夜・・・、可愛がりすぎたか・・・」
突然、何を言い出すのかと、ぎょっとしたキリカが目を見開いた。
それに睦事が激しいのは、いつもの事だ。昨夜に限った事ではない。
「・・・いえっ、そういう訳ではっ」
「ほう・・・」
黒死牟が唇の端を吊り上げた。こぼれた凄艶な笑みに、キリカが思わず喉を鳴らした。
「足りなかったと申すか・・・」
「い、いいえっ」
しまったと思ったが、時は既に遅い。
髪を撫でていた指が頬を辿り、キリカの顎に掛かった。からかうような囁きと共に、黒死牟の顔が近付いてくる。
「ならば今宵は・・・、もっと可愛がってやろう・・・、お前の望みとあっては・・・、是非とも答えてやらねばな・・・」
「・・・っ」
耳まで朱に染めたキリカが短く息を呑んだ。どう答えたものか考えあぐねていれば、黒死牟は今度は微かな苦笑を浮かべた。
「よい・・・、からかって悪かった・・・」
言って、顎にかけた指を離した。
(もう・・・)
またしても、からかわれた。ちらりと黒死牟を見上げる。悔しいが、何故か文句を言う気になれない。
「そう言えば・・・、お前に聞きたい事があったのだが・・・」
「・・・何で、ございますか?」
「この前・・・、お前が話していたお伽話は・・・、何と言う名であったか・・・」
「お伽話ですか?」