第2章 暁降ちの眠り姫
「そうだ・・・。呪いをかけられ・・・、眠りに就いた姫君が・・・、王子の口付けによって目を覚ます話だ・・・」
数日前、寝物語に語った異国のお伽話の題名。あれは何だったのだろうか。視線をしきりに巡らせていたキリカであったが、ほどなくして微笑みながら黒死牟を見上げた。
「もしかして、眠り姫でございますか?」
「そうだ・・・」
キリカは暇さえあれば書物を読み耽っていた。洋の東西を問わず、古典から最新の流行のものまで。黒死牟に読み書きを教えてもらい、本を読めるようになったのが嬉しくて堪らないのだ。
そして、話の粗筋を身ぶり手振りで黒死牟に聞かせるのだ。目を生き生きと輝かせながら。そんな様を黒死牟は微笑ましくも愛おしくも思うのであった。
「その、眠り姫がどうかしたのですか?」
「いや・・・、特にどうしたと言うわけではないのだが・・・。お前の寝顔を見ていたら・・・、何故か・・・、その話を思い出したのだ・・・」
さらり。再び、黒死牟はキリカの髪に指を滑らせる。光を織り込んだような艶やかな髪の感触をしばし楽しんだ。
「お前も姫君のように・・・、口付けで目を覚ますのか・・・、気になっておった・・・。後で試してもよいか・・・」
「今では駄目ですか・・・?」
上体を起こしたキリカが両手を黒死牟の左肩に回した。黒死牟の眼をじっと見つめる。
「・・・・」
黒死牟は返事の代わりに両手を伸ばした。キリカの背を支え、懐に誘う。
二人の唇が静かに重なる。睦事の時のような激しさはない。触れるか触れないような、優しい口付けを交わす。
「キリカ・・・」
「巌勝様・・・」
口付けの合間に名を呼び合い、視線を見交わす。そして、また、唇を重ね合う。
部屋を通り抜けて行く風が二人を優しく包み込んだ。