第2章 暁降ちの眠り姫
絶え間なく降り続ける陰鬱な長雨。
太陽が分厚い雲に閉ざされ、もう幾日目だろうか。
立ち込める空気は重く、生暖かい。地面はぬかるみ、外出もままならない。
黒死牟は縁側に座し、けぶる庭先を眺めていた。時折、湿った空気が頬を撫でていく。
「・・・・」
ふと、視線を落とした。視線の先にいるのは誰よりも愛おしい存在、キリカが膝の上で眠りに就いていた。
手のひらを右頬の下に敷いて、すうすうと寝息を立てている。纏う、暁降ち色の着物が鮮やかだ。
暁降ち色。それは夜明け前の空を表す色。
今朝がた、身支度が整えたキリカが「天気が悪い日は、こういうものを着て気持ちを盛り上げるんですよ」と言っていたのを思い出す。
キリカの額に手を伸ばした。長めの前髪を指で払い、目元を露わにさせる。
初めて出会った時より、幾分か大人びた気配を纏うようになったキリカ。背も少し伸びたようだ。
彼女は日々、成長している。愛し、愛される喜びを知り、キリカは大人になっていく。
その姿は美しくも目映い。咲き初めし花々のように。
「キリカ・・・」
呟き、キリカの頬を撫でた。
長い睫毛に縁取られた目蓋は柔らかく閉ざされていた。ピクリともしない。どうやら深い眠りに就いているようだ。
「・・・・・」
早く、その瞳に私の姿を映してほしい。そして、微笑みかけてほしい。
いや。せっかく寝ているのだから邪魔をするのは良くない。寝かせておいてやろう。
あどけなさを残す寝顔を静かに見守りつつも、その裡では相反する想いが錯綜していた。
「・・・ん・・・」
キリカの睫毛が微かに震えた。薄目を開け、ぼんやりと正面を見つめている。
「・・・!」
現れた、惣闇色の双眸。混じりけのない、深い黒。
初めて見たわけではないのに、黒死牟はその美しさに心を撃たれた。まるで絡め取られてしまったように、目を反らす事が出来ない。
じっと見つめ続けた。息をするのも忘れるほど。