第39章 組み紐をひいたのは
「そんなにポイ捨てが気になんなら、あんたが拾えば良いだろうがよ!」
『たしかに、そうですね』
掴んでいる男の拳に視線を向ける。そして素早く、薬指と小指だけを両手で引きはがして捩り込む。
男は 堪らず、ぐぁ!と声を上げて私を解放した。そんな様子を見ていた別の男が、この野郎!と叫び 殴りかかってくる。
しかし その拳が飛んで来るのと同じタイミングで、私は膝を曲げて スタンと身を屈めた。
男の拳が虚しく宙を切っている間、私は落ちていた煙草を摘む。すぐさま すくっと立ち上がって、煙草の持ち主である男の胸ポケットの中にそれを返した。
「…え、?
あ、あつ!!あっつ!!」
まさか、火の点いた煙草がポケットの中に入れられるなんて思ってもみなかったのだろう。男はしばらく、何が起こったのか理解出来ずに呆然としていた。
煙草の先端は、700度という高温を誇る。その熱を肌で感じて、やっと頭が追い付いた男は 無様なダンスを踊ってみせた。
そんな様子が情けなくて、つい口元を緩めてしまった。それがまた、彼らの癪に触ってしまったらしい。
「笑ってんじゃねえぞ!」
「お、おい!火点いた煙草だぞ!頭イカれてんじゃねえのかコイツ!」
『失礼ですね。私は、貴方達の代わりに落し物を拾って、返してあげただけなのに』
さきほどの私の身のこなしを見て、警戒心を抱いたのかもしれない。顔を真っ赤にして怒っているくせに、もう殴りかかってくる真似はしなかった。
ここまで来れば、もう一押しである。
『とにかく、こんな草垣を越えてこちらへ来るなんて。不法侵入も良いところですよ。
もし撮影に興味があるなら、然るべき場所からいらして下さい』
私は、バーベキュー場の向こうにある正面入り口を見て言った。
「…はっ。あそこから入ったら、撮影の見学許可でも出してくれるってか?」
『はは。まさか』