第36章 どうか俺と
それから俺達は、度々会うようになった。
エリは自主レッスンや作曲、俺はバンド仲間と練習。それ以外の時間はほとんど、互いに会う為に使った。
彼女と向き合う時間が、堪らなく大切だった。
ただただ中身の無い話をする時間も。自己の音楽観について語る時間も。カラオケでギターを弾いたり 歌ったりする時間も。
全てが俺の、大切な宝物だ。
「相変わらず、凄い数だ」
『万理も。あ、私この曲好き』
今日は、ポテトをつまみながら互いの作った曲を見せ合っていた。テーブルの上に、これでもかと楽譜を広げて。ひとつひとつ感想を言い合うのだ。
『これ、カタカナ英語的な譜割りが面白い。何回も聴きたくなるような中毒性があるよ』
「あ、それ実は1番の自信作だったんだ。もうちょっと煮詰めたら音源に起こしてみようかなと思ってる」
『それ、出来たら私にもちょうだい!』
「もちろん」
『あれ?万理、まだ鞄に楽譜入ってる?』
ギクリとした。
彼女は目ざとく、俺の隠していた楽譜を見つけたのだ。これだけは、エリに見せる訳にはいかない。
なぜならこれは…
彼女に宛てた、曲だから。
だがきっとこの曲には、1番聞いて欲しい人に聞いて貰うという至高の瞬間など、永遠に訪れない。
『見せてよー!それ絶対に 万理の隠し玉だ!』
「こ、これだけは駄目だって!エリゆるして…
って、これ…この曲凄いな!
使われてる音が、A♭とB♭とGとCmの4つ?それで本当に曲として成立するのか?」
『む、誤魔化した…まぁいいけど…』
たしかに誤魔化したい気持ちはあったのだが、この曲に強く興味を惹かれたのは本当だ。
「これ、今すぐギターで弾きたい!なぁ、カラオケ行こう」
『ギターでって…これ、ピアノ用だけど』
「何とかなるよ。いや 何とかする」
『…今すぐ?』
「今すぐ」
『でもまだポテト残ってるよ?
万理が全部ポケットに入れて、お持ち帰りしてくれるから 今すぐカラオケ行こ』
「………分かった!引き受けるよ」
『引き受けるの!?
あはは!どんなけカラオケ行きたいの!』
とまぁ、こんなふうに。俺と彼女は、清い友情を育んでいた。
そんな俺達の関係が少しだけ動いたのは、ある 暑い暑い夏の日だった。