第34章 いや、はい。もう何でもいいです
「なぁなぁ見て見てー」
環は、膝を突く蕎麦屋の前に、仁王立ちした。そして胸を張って言う。
「土下座」
『……っぷ』
「はははっ、タマそれ最高だわ!週刊誌に載ってそう! “ TRIGGERの八乙女楽、IDOLiSH7の四葉環に土下座!2人の間に一体何が!? ” って見出しだな!間違い無く!」
その時。ずっと置物と化していた彼が、ガバっと立ち上がった。
そして、私の両手を自分の両手で包み込んだ。彼の瞳の中に、私が写り込んだ。
「今日は、うどんじゃなくて蕎麦を食べてくれませんか!後悔はさせません。俺が、あなたを必ず蕎麦派にしてみせますから!」
『いや、はい。もう何でもいいです』
「あのさぁ!蕎麦屋さん、さっきからすぐ中崎さんの手握るのやめてくんなーい?」
ビク。と私の体が硬直する。
環が、私を中崎さん と呼んだからだ。いや、彼にそう呼ぶよう頼んだのは私なのだが!
今は違う…。今は違うのだ!なぜなら…私の名字を聞いた楽が “ 春人 ” を連想してしまうから。
私がおそるおそる顔を上げると、案の定の彼は私を凝視していた。
『………っ、』
「…へぇ。エリさんの名字は、中崎 なんですね!
いや実は、俺の仕事仲間にも同じ名字の人がいて。しかも、エリさんに少し似てるんですよ。
やっぱり俺達、不思議な縁があるのかもしれませんね」キラキラ
『そ、そうですねぇ』
「…なぁ。実は八乙女って、かなり天然?」ひそ
『まぁ、本気で自分の正体 気付かれてないと思ってるみたいだしね。変装も、変装を見破る能力もゼロなのかも…』ひそひそ
「???」
「なーー俺 腹減ったぁ」