第29章 《閑話》とあるアイドルプロデューサーの休日
『喉が渇きません?飲み物取りに行きましょうよ!』
「そうですね、一緒に行きましょう」
人懐こい笑顔で、彼女は言った。
私達はすぐに、2人でカウンターへと向かう。
『そういえば…いつも1人でここへ来ているんでしょうか?一緒に来るような、お友達は…居ないんですか?』
「お友達いますよ!一緒に居て、凄く楽しくて、同じ事に笑って同じ事に泣けるようなお友達!私、彼女達が大好きなんです。でも、ここへは…1人で…」
私の声は、どんどん小さくなっていった。
彼女の ふわりとした笑顔に、吸い込まれるように言葉が溶けていったのだ。
どうして、こんなにも泣きたくなるのだろう。この笑顔が、こんなにも愛おしく感じるのだろう。
『ど、どうしたんですか!?』
「あ…れ?すみません、なんだか、勝手に涙が」
『……人を、探していると言ってましたね。何かその人に、伝えたい事があるんですか?』
「はい、私…その人のおかげで、今が凄く幸せだって、言いたいんです。
ありがとうって、貴方のおかげで、私はもう 大丈夫だって、言いたくて…!
借りたハンカチも、ちゃんと、返したくて…っ」
私は、人目もはばからず泣いた。初めて会う人の前でこんなにも泣いてしまったのは、人生で2度目だ。
そんな私を、咎めるでも急かすでもなく、彼女は優しく包み込んでくれる。
『…大丈夫。きっと、貴女の気持ちは伝わっているから。
それで、きっと彼も喜んでいるから。
貴女と会えて、良かったって…心の底から、思ってるから。
ハンカチはまぁ…気にせず貰っちゃえば良いと思う』あはは
「ふ、…ふふ。ありがとうございます。そうです…かね…」
その時私は、はたと気が付いた。どうして、彼女は…私が探していると人物が、男であると思ったのだろう。
私の頭を疑問符が埋め尽くた その時、私達はバーカウンターに到着した。
『さぁ。何を、飲みましょう。
私は、烏龍茶を』
伝えたい事は、本当にたくさんある。
友達が沢山出来たこと。
自分の事が、ちょっとだけ好きになれたこと。
それから、それから…
少しだけ、カクテル言葉に詳しくなったこと。
「では私は… “ キス ミー クイック ” を」
←