第1章 もしかしなくても、これって脅迫ってヤツですか?
『————♫』
(あぁ。
めちゃくちゃ気持ち良く声が出る。
これ…夢だな。)
私の、人生で1度きりのライブ。
この壇上も、衝撃を受けてる客の顔も、全部覚えがあるから間違いない。
何度この夢を見れば、私は解放されるのだろう。
『————♪』
楽しそうにステップを踏み、嬉しそうに声を張り上げる。
私は そんな自分を、まるで幽体離脱しているみたいに俯瞰で見ている。
(…あんなに幸せそうに歌っちゃって…
この後、どうなるかも知らないで)
——————
ピピピピ…ピピピピ…ピピ
規則正しく繰り返す 耳障りな電子音を強制的に停止させる。
『……んっ…、ふぁ』
思いっきり伸びをして、盛大にあくびをする。
止めたばかりの目覚ましを見つめる。今日もいつもと同じ時間に起床。
『……今日は、良い日だ』
何故なら、最低最悪の あの夢の続きを見る前に、目覚められたのだから。
気を取り直して、頭を仕事モードに切り替える。
私は現在、弱小芸能事務所でプロデューサー業に就いている。
そう。“ 元 ” 伝説のアイドルは、現在はアイドルを支える裏方に回っているのだ。
と言えば聞こえは良いが、ただこの世界から離れられないでいるだけ。
アイドルらしい長い髪はバッサリと切り落とし。
アイドルらしい可愛いスカートなど、ここ2年間ほとんど履いていない。
そこまでしてでも、必死に過去を忘れたい自分…情け無い。
自分を嘲笑うかのように 乾いた笑いが込み上げてくる。
唇に浮かぶ笑みを意図的に消して、私は日課であるランニングの準備を始めた。