第116章 心、重ねて
—— Epilogue ——
『————♫』
(あぁ。
めちゃくちゃ気持ち良く声が出る。
これ…夢だな。)
私の、人生で1度きりのライブ。
この壇上も、衝撃を受けてる客の顔も、全部覚えがあるから間違いない。
何度この夢を見れば、私は解放されるのだろう。
『————♪』
楽しそうにステップを踏み、嬉しそうに声を張り上げる。
私は そんな自分を、まるで幽体離脱しているみたいに俯瞰で見ている。
(…あんなに幸せそうに歌っちゃって…
この後、どうなるかも知らないで)
『 』
壇上の私が、壊れる。
ピタリと発声が止まる。
『!? 』
どれだけ声を絞り出そうとしても、ただの一音さえも出てこない。
ステージの上で、喉を掻き毟る。
喉元に爪が食い込み、痛々しい赤が走る。
しかし、私は喉を引っ掻き続ける。
やがて爪が皮膚を裂き、鮮血が辺りに飛び散る。
そんな、無残なかたちで幕を下ろす夢のはずだった。しかし、そんな最悪はもう訪れない。
声が出なくなり、ステージの中央にぽつんとへたり込んだ私に、差し伸べられる手。その大きくて、陽だまりのように温かい3人の手を、私はとる。
迷い子だった私を、彼らは確かにピリオドの向こう側へと誘ったのだ。
麗かな日差しが、カーテンの隙間から差し込まれていた。
『朝…』
ぽつり落とすような独り言を、既に意識を覚醒させていた最愛の人が拾う。
「幸せそうな顔して寝てた。良い夢でも、見れたのか?」
あと何回この夢を見れば、私は解放されるのだろうか。なんて。もう考えなくても良い日が来るなど私は想像もしていなかった。
夢の中と同じ様に差し伸ばされた手は、やっぱり陽だまりのように温かくて。甲に額を擦り付けて、心からの感謝の言葉を囁いた。