第116章 心、重ねて
『ニキビは日頃の不摂生から出来るものですよ。千さん。ちゃんと寝てます?バランスの良いご飯食べてますか?』
「君はわざわざこの繁忙期に、僕のお肌の様子を見に来たの?」
『まぁ、顔を見に来たわけですから、あながち遠くないかもしれません』
「顔と肌とじゃ、割と遠いでしょ」
『それよりも。そのニキビ、私に任せてみませんか?』
「ニキビ任せるって何?潰すつもり?だったら駄目。跡になる」
『大丈夫。私は存外上手くやりますよ。この、ニキビプッシャーで!』
「ニキビを潰す為の道具があるのか!っていうか、なんでそんなものがポケットから出てくるんだ!」
この勢いに任せたやり取りを、楽と百は静かに見守っていた。口を出すべきか出さぬべきか、迷っているようだ。
私がニキビプッシャーを右手に千へ にじり寄ると、彼はぷっと息を噴き出した。
「こんな馬鹿な会話してたら、行き詰まってたことも忘れてしまうな。忙しい中、こんな所まで来てくれてありがとう。春人ちゃん」
千は言い、笑顔を浮かべた。それは柔らかくて神秘的で、私が好きな普段通りの彼の笑顔であった。こんな表情で笑ってくれるなら、もしかすると1パーセントくらいは私がここへ出向いた意味もあったのかもしれない。
「う、ぅう…。春人ちゃんも楽も、オレ達の為に時間作ってくれたんだね。ありがとう…!」
「大袈裟です百さん。仲間のピンチなんだ。駆け付けるのは当たり前ですよ」
「へぇ。楽くんは、僕らの為に来てくれたのか。てっきり、僕とモモがエリちゃんにちょっかいをかけないよう見張る為だと思ってた」
千の妖艶な声に、楽はうっと言葉を詰まらせた。
「ふ。一人前の男なら、嘘くらい上手に吐けるようにならないと」
言いながら、彼はまた美しい笑顔を浮かべた。