第109章 ……………あ
私は紡を通して、一織にアポを取っていた。にも関わらず、彼は私が春人であると気付かなかった。優秀が故に、柔軟な思考が失われがちなのかもしれない。
その姿は見慣れなくて落ち着きませんね。なんて言う一織を前に、お節介ながらそんなことを考えた。
「あ、あの…そろそろ僕達は失礼します。これからラジオの生放送がありますので」
「あーー…そーだった。せっかくえりりんが来てくれたのに」
壮五は深々と頭を下げ、環は悔しそうに舌を打つ。
『そうなんだ。行ってらっしゃい!頑張ってね』
「へへ、おう!」
「は、はい!ありがとうございます!!それで、あの…ですね!その…」
『??』
「す、すみません!!やっぱり何でもありません!気になさらないで、お話を続けてください…」
壮五は、もじもじと私の前で何かを言いたげであった。しかし結局、伝えたい言葉を引っ込める。何か言いにくいことでもあるのだろうか?
そんな彼の背中を、環がそっと押してやる。
「そーちゃん。いいの?ちゃんと、言いたいこと言えよ。前々から、もしえりりんに会えたら、お願いしたいって言ってたじゃん。いま言わねーと、あんた絶対 後悔すんよ」
「……っ、そう、だね。うん。ありがとう。環くん」
壮五は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと長い息を吐く。
「あ、あの!!」
『はい』
壮五が傍の棚から取り出したのは、色紙とサインペン。それを私の方へずいっと突き出して、また深々と頭を下げた。
「サ、サインを、下さい!!」
『……えっ』
「あっ、もし御迷惑でしたら無理にとは言いません!というよりも、厚かましくて大それたお願いでしたよね!?ごめんなさい!やっぱり大丈」
『宛名は…壮五くん、で良いのかな』
「あ…、は、はい…っ!」
私は差し出された色紙を受け取って、サラサラとペンを走らせた。いつもTRIGGERの3人がやっているみたいに、宛名の確認をする。聞き慣れた言葉なのに、いざ自分がやると少しこそばゆかった。