第109章 ……………あ
「八乙女パパの寂しそうな顔、面白かったね」
『は?』
廊下に出るなり、了は訳の分からないことを口走った。そして勝手知ったる様子で、私の前を歩く。人差し指をぴんと立て、自慢げに話しをする。
「君は鈍いなあ。きっと彼は、僕じゃなくて自分に助けを求めてもらいたかったんだ」
『まさか』
「ま!仮にそれが真実でも、君は彼に頼ることはしないだろうけど」
私は頷く。社長がもしも本当に、私の為に動いてくれようとしても、それに甘えることは出来ない。TRIGGERに、八乙女プロに、たった1%でも不利益を被る可能性がある限り。
「徹底してるよ。僕には何の遠慮もしないくせに、会社と愛するアイドルだけは巻き込まないって決め込んで。
あれ?ってことは、TRIGGERのお三方にはこの件は内密に進めるつもり?」
『勿論、ずっと秘密にすることはしませんよ。ですがとりあえず、何か有効な打開策が見つかるまでは内々で頼』
廊下の角で、ばったり。まさに、ばったりと。私と了は、彼に出逢う。私はぐっと、言葉の続きを喉の奥に押し込めた。
「やぁやぁこれは、八乙女プロの天使様じゃないか!ご機嫌麗しゅう。本日の天界のお天気は、こっちと同じ快晴かな?」
「こんにちは。あいにく今日はあちらの世界には足を運んでいませんので、天気のことは分かりません」
本物の天使の如き微笑みで、天は了の悪趣味な冗談に応戦した。この世の物とは思えぬその美しい微笑みを、いつまでも見ていたい気持ちはある。が、このまま3人で会話を続ければ、きっとろくなことにならない。
『そ、そういえば今日、天のお仕事は午前で終わりでしたね。あはは…。この半休でどうぞゆっくり、日頃の疲れを癒してくださいね。では私達はちょっと、ごくごく些細な野暮用がありますので失礼しま』
「待って」
了を引き連れ、早々に立ち去ろうとした私。天は、背後から私の肩に手を置いた。