第107章 引き金をひいたのは
驚きのあまり声も出ない。楽の表情がそれを物語っていた。こんな状況下で正体を晒すことになり、申し訳なさと気まずさが募る。どんな表情が正解か分からなくて、私は頑張って作った笑顔を彼に向けた。
しかし。いま最も優先して考えるべきは、私達が無事にここを出ることだ。生命の危機に瀕していると言っても過言ではないのだから。私は改めて、誘うような目付きと声を使い男達をかどわかす。
『私や楽をどうにかするのは、十分に楽しんでからでもいいと思わない?私、得意だよ?一度に、沢山の人数相手するの』
「はは、えっろ。でもそういう女、嫌いじゃねぇわぁ」
『どうせ死ぬんなら、楽しいことしてから死にたいと思うのは自然なことでしょ?だからほら、早くこれ外して?』
さきほどから、この男は尻ポケットをしきりに気にしている。私の予想が正しければ、手錠の鍵を持っているのはこいつだ。
「たっぷり相手してもらうからな。覚悟しろよ?」
男は舌舐めずりをして、ポケットへ手を突っ込んだ。中から現れたのは、鈍く輝く小さな鍵。私は、笑いを嚙み殺すのに必死だった。
「お、おい。勝手にんなことしていいのかよ」
「へーきだろ。もし暴れても、この人数いるんだぜ?余裕で押さえ付けられるっしょ」
いよいよ両手が自由にならんというその時。楽に付きっ切りだった主犯がこちらの様子に気付いてしまう。
「ばっ!!何やっ」
鍵穴に、それが差し込まれる寸前で男の手が止まってしまった。
『っチ』
私はほんの数センチ、勢い良く手錠を持ち上げる。狙った通り、鍵穴に確かな感触。そのまま強く手首を捻る。強引に捻ったため痛みが走ったが、カチャリという音を聞いた瞬間そんなものは吹き飛んだ。
クソガァ!と、口汚く叫びながらナイフを持った男が突進してくる。楽が私の名を力の限りに呼ぶのは、それとほぼ同時。
そして。蹴り上げたナイフが宙を舞うのと、私の手錠が地面に落ちて冷たい音を立てるのも、ほぼ同時であった。