第106章 ねぇよ
『私が男だって、誰かが言った?』
「はぁ?」
『ねぇほら、もっとこっちに来てよく見て。そしたらきっと分かるから。女みたいな顔をした男じゃなくて、男みたいな顔をした女だってこと』
隣では、楽と主犯格の男が何やら話をしている。早く、手遅れにならない内に早く!こっちに食い付いてくれ!
焦る私の頭に、どばどばと水がかけられる。それから綺麗なのか綺麗じゃないのか定かでない布で、顔を乱暴に拭われる。
「んな血まみれの顔してたら、男か女かなんて分かるもんも、分から……」
「うお、ま、マジかよ…」
血と共に春人のメイクが落とされて、本来の顔が露わになる。
『ふふ、ね。分かったでしょう?今なら文字通り、出血大サービス。皆んなまとめて、私が面倒見てあげる。ほら、楽しいことしよう。こんなに刺激的なシチュエーションでヤレるなんて、もう二度とないと思わない?』
「ま、マジで女だった!」
「おいこれ、地毛じゃねぇ!カツラだぜ!」
この騒ぎに、話し込んでいた隣の2人もこちらに視線を向ける。主犯も私を完全に男だと思い込んでいたため面食らっているが、それ以上に驚いていたのは楽。
瞳を大きく見開いて、息をするのも忘れてしまっている。
取れてしまった変装化粧。外された金髪のウィッグ。ここまで来て隠し通せるなんて、そんな都合の良いことは考えていない。
相手が助かる可能性が少しでも高まるならば自分はどうなっても良いと考えているのは、なにも貴方だけじゃないということ。