第106章 ねぇよ
まるで烏のように生気のない瞳が、じぃっと私を覗き込んでいた。
『え…っと。何か、私の顔に付いてしまっておりますのでしょうか。九条さん』
そう。私の目の前にいま座っているのは、九条鷹匡である。何を隠そう、私の苦手とする数少ない人間である。敬語が変になってもそれは致し方のないことだ。顔を痙攣らせる私を見て、TRIGGERの3人は不安気だ。彼の義理息子である天は特に。
「あぁ、いや。すまないね。以前会った時も思ったんだけれど、もっと前から君を知っていたような気がして。まぁ、気のせいだろう。僕が君のような男を忘れるはずがないからね」
『は、はは。それは、どう受け取ったら良いのか難しいところですね』
「褒めているに決まってるじゃないか。それにしても実に惜しい。中崎春人くん。君も、喉を患っているんだろう?」
『!!』
君 “も” と、いま彼は確かに言った。誰のことを思い出して、私と一括りにしたのだろう。それがもし、Lioであったなら。彼の中に、私を見捨てたことに対する自責の念が、少しでもあるとするなら…。私は、嬉しいのだろうか。悲しいのだろうか。
「あぁ…神はなんと残酷なことをするのだろう。それさえなければ、君も天と同じ様に僕がこの手で最高のアイドルに」
「九条。いい加減に、打ち合わせを始めてもらえないか。あんただって、暇なわけじゃないんだろ」
彼の言葉を切ったのは、楽だった。私はほっと息を吐き、鷹匡は白けた顔で同意した。
彼は今日、Haw9として打ち合わせ現場であるここにいる。実はTRIGGERは先日、有名な脚本家から舞台のオファーを受けたのだ。ライブの舞台演出であれば私が手掛けることもあるが、今回は天の今後の命運を左右する仕事だと判断したらしい鷹匡が名乗りを上げた。
いや、彼でなくとも分かる。もしこの舞台が成功を収めれば、TRIGGERはアイドルのもうひとつ上の存在へと昇華できることだろう。