第105章 幸せになれると思う未来を掴み取るだけ
狭い廊下。前からやって来る人に道を空ける為、楽は隣を歩く私の方へ一歩身を寄せた。肩と肩がほんの少しだけ触れ合う。
『楽』
「なんだ?」
『前を、歩いてもらえます?』
「?? 分かった」
私達は、ドラクエ歩きで廊下を行く。
「具合でも、悪いのか」
『いえ』
「じゃあ、怒ってる?」
『いや』
「俺が気付かない内に、何かあんたの気に触ることしちまったとか、そういうことじゃねぇんだな?」
『はい』
「そうか」
『ええ』
そう。楽が悪いとか、何かしたとか、どこか変わったとか。そんなことは一切ない。だってこれはいわゆる、ただの “ 好き避け ” なのだから。
自分の気持ちにようやく気付いた瞬間、こんなことになるなんて!私は思春期の女子か!!もしくは阿呆なのか!そもそも、他人にあそこまでして貰わないと気付けないなんて、私は本物の阿呆だろう!
『っぐぅぅ…!阿呆…っ』
「お、おい。本当に大丈夫なんだよな…!」
思わず口から出て行ってしまった本音。前を歩いていた楽が、驚いた様子でこちらを振り返る。私は俯いて顔を隠し、前だけを見て歩くように促した。
楽が歩みを進める度に、ウェーブがかった銀髪がふわりと揺れる。楽の後ろを歩いていると、彼の香水に染まった風が緩やかに鼻腔をくすぐる。私はぼんやりと、前を行く広い背中を見つめる。
自分の気持ちに気付いたからといって、それがどうした。
楽が私のことを好きでいてくれるから、どうだというのか。
今さらどんな顔をして、その手を取れるというのだろう。