第105章 幸せになれると思う未来を掴み取るだけ
【side 九条天】
Lio騒動から、2ヶ月ほどが経過した。いつまで経ってもその正体が明らかにならないとあって、世間は少しずつLioに対する興味を失いつつあった。
そんな頃合いだった。ボクが、龍之介に呼び出されたのは。
翌日がオフの日を選ぶ辺りが、さすが気遣いが出来る彼らしい。とにかく、仕事を終えてからボクは龍之介の自宅へと足を運んだ。
インターホンを押して少し待つと、玄関が引き開けられる。
まず、目に付いたのは傘だった。玄関先の傘立てにあったそれは、龍之介の物ではない。エリの物であった。
ソファに腰を下ろしてからも、ちらほらとその片鱗が目に付いてしまう。男は使わないであろうヘアピン。龍之介の胸元では見たことのないネクタイ。中身が入っているのか入っていないのか分からない、ゲームソフトのケース。
それらに気付かないふりをして、手にしていた箱を渡す。
「これ、お土産。ごめんね。ボクが食べたいのを選んじゃった」
「ううん、全然!俺も好きだから。ドーナツ」
にこにこ顔で横長の箱を受け取った龍之介は、そのままキッチンへと立った。
香ばしい珈琲の匂いが漂って来たくらいのタイミングで、彼はぽつりと落とすように零す。
「捨ててくれって、言われてるんだけどね」
しまった、と思った。そんなにまじまじ見つめていたつもりはなかったが、龍之介は気付いていたらしい。
彼は一体どんな気持ちで、一人この部屋で過ごしているのだろう。この、エリの面影が散りばめられた部屋で。
「あはは。せめて、見えない所に片付けろって感じだよな!」
「片付けられない?」
「……うん。今は、まだ」
珈琲の白い湯気が、儚げに透明へと変わる。